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2016年8月24日

マネー・ショート 華麗なる大逆転(2015)

Paramount

- 華麗と言える? -

サブプライムローンが破綻する可能性に気づいた人達が、空売りを試みる。しかし、業界に株価維持の思惑が働き、予想した下落が来ない。彼らは危機に瀕する・・・・

・・・DVDで鑑賞。この作品はスター達がそろって出演しているのだが、劇場では公開されたのかすら知らない。テーマが日本人にはマイナーな分野に感じられるし、娯楽性に満ちた作り方をしていなかったので、おそらく輸入業者も興業的に期待できなかったのではなかろうか?

分かりにくい構成だった。誰が主人公なのか、曖昧ではなかったろうか?いちおう最も先に問題を把握したマイケル・バーリが主人公だろうと思うが、彼の影響で空売りをする連中は、彼と直接の接点がない。彼ら同士の交流は、この業界では情報を漏らすことに通じたり、インサイダー取り引きと疑われて危険だからできなかったとは思うが、接点がないと物語にならない。その点が、分かりにくくなった理由ではないか?

そして、ブラッド・ピットが演じた元証券マンは、存在理由が分からなかった。印象的な人物で、業界の問題点を端的に解説してくれてはいたが、本筋からは外れた存在だと思う。彼と、若い二人のトレーダー達も、この物語に登場しなくて構わなかったと思う。登場人物を絞り、対決させ、勝敗を描くのが原則だろう。

敵味方を作り、互いに討論させ、互いが危機に陥り、出し抜き、戦う、そんな関係を描くほうが絶対に盛り上がる。登場人物が妙に観客に向かって解説をしたり、有名人が例をあげて説明したりしていたが、作品の質を損なう手法だったと思う。完全な喜劇の場合は有効な方法でも、この作品の質を考えると絶対に避けるべき手法のはず。

つまり監督は・・・サブプライム業界と同じように、本質から外れた思考パターンで、この作品を作ってしまったのか!

バーリ氏と、スティブ・カレルが演じた証券マンは、異常者と言えるほど独特の個性の人間だった。両者の病状は違うが、発達障害の何かは確実にあって、興味のない対象には非礼な行為を気にしない。仕事柄そうなるだろうが、冷酷と言っても良い。実像がどうかは分からないが、天才肌の人物として、映画的な観点に立てば魅力的と言える個性だった。でも一般的な感覚では華麗でも、魅力的でもないだろう。

サブプライムローンの危機については、2005年くらいから雑誌で報じられていた。なのに数年経っても大きな景気の変化がないので、米国政府が手を回して解決したのかな?くらいの甘い考えで、劇場主は忘れてしまっていた。すぐに業界が崩壊しなかった理由は、多数の株屋の思惑買いなどが働いていたのだろうか?

東洋の田舎の素人でさえ知っていたこと。米国の株屋が気にしないはずはない。おそらく買い支える勢力と、空売り勢力、利益確定したい勢力がしのぎ合いを演じていたのでは?破綻がいよいよ明らかになり、株価に影響しても、劇場主には影響がほとんどない。あまり興味を持たないまま、浅ましい株屋をちょっと軽蔑しつつ見ていた。100年に一度の変動?・・・そんなはずはないよと思っていた。

だが、問題の本質や、その影響については考え直さないといけない。この作品でも低所得者の住人が出てきて、自分が家を手放さないといけないことを人に言われて初めて認識していたが、彼のように犠牲になる社会的弱者の存在を忘れてはいけない。まさか彼らを「不相応な物を買った連中」などと、軽蔑することはできない。家を手放すことは、涙なしではいられないことだから。

CDSという保険のような仕組みの存在を初めて知った。株に保険を設け、それを証券化すると、当然ながら悪用する連中が出るはず。裏社会などには魅力的な仕組みだろう。相当厳しい管理をしないと、この作品のような暗躍を誘導することが明らかだが、今もそのままなのだろうか?

そもそも空売りは実業と関係のない行為で、正当な商取引ではない。人や企業を救うことなどを目標としていない。いわば証券業界の裏をかく、ギャンブルに近い行為だと思う。自分だけが確信を持って下落を予想できる時にやらないと意味がないので、圧倒的な自信、根拠となる証拠、分析力と資金調達力があり、しかも政府が介入して株価が上がったりしないという運も必要。成功したら賞賛される類のことだか、疑問もある。

能力と勇気には感心する。空売りのために証券を借りた場合、その金利を利益で回収できるのか、どんなローンを組むのか知らないが、危険であることは間違いない。危険を犯すときには、興奮の度合いは額に応じてすさまじいものだろう。その賭けに勝ったなら、得られる収益に対する嬉しさも凄まじいものであろうと思う。

金を得るのは大事なことで、その際の手段に関係なく嬉しいものだ。貴賤を問うておられない場合もある。それに金を手元に持つといろんな事ができるから、自由になった感覚、偉くなった感覚を得られる。卑屈な態度をとり続ける必要がない、将来の金銭的心配が減るなど、万事が有利にはたらく。犯罪者達が頑張るのも、持った時の幸せをイメージできるからだろう。

もちろん理想なら事業を興し、人に職を与え、利用者に良質のサービスや製品を提供し、社会の発展に寄与したいもの。株価下落に乗じて金をかすめるような行為は、さっそうとした仕事だと今の劇場主は感じない。実際に億単位の金を何度も手にできるなら、すぐ感覚が変わってくるのだろうけど・・・

空売りは、もちろんやったことがないので意味が分からない。法に違反していないなら、糾弾して利益を取り上げたりすべきタイプの行為ではないと思う。破綻によって、いかに多くの低所得者達が困ったことになったとしても、彼らを直接騙していたとは言えない。低所得者達に警告することが可能だったら、してあげたほうが良心的だろうが、そんな行為こそ訴えられる危険性が高い。黙っているしかない。

空売りによって得られる収益の出所は、結局はどこなんだろうか?直接的には、株価上昇に賭けた株の所有者である貸し手、つまり証券会社や投資家達になるのか?それなら、少なくとも家を失った哀れな弱者から巻き上げた金ではないから、弱者に恨まれなくても良い。ただ、その投資家達の金は、どこから出ていたのか?投資家自身の資産か、あるいは銀行だろうか?銀行ならば、もし公的支援を受けたりした場合は特に、一般人の金を巻き上げたということになる。

それが華麗だろうか?泥棒に近くないか?

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