映画評

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2016年7月 1日

東ベルリンから来た女(2012) 

Schramm_film_koerner

- 管理社会考 -

地方の病院に、ベルリンから転勤してきた女医。妙によそよそしく、同僚と関わろうとしない。彼女は西ドイツへの出国を希望し、監視されているからだった・・・

・・・・東ドイツの監視社会を扱った作品のひとつ。「善き人のためのソナタ」と同様、執拗な監視で住民が支配されていた様子が上手く描かれていた。

ヒロインを演じていた女優さんはスタイルの良い人だったが、目つきが厳しく、おそらく役作りのために激しいダイエットをしたのではないかと思う。ギスギスした雰囲気がよく出ていて好演だった。いっぽう相手の男性医師役は、ちょっと良い人過ぎて面白くなかったかも知れない。相手役側も、もっと影の部分を存分に出したほうが、より深刻さが際だったと思う。

そして怖さを強調するためには、監視役の親玉はもっと陰険なほうが良い。商業的な面を考えるなら、この作品の演出は大人しすぎた。少しはアクションが欲しい。

医師同士も監視するようになっていたが、過去のミスを不問に伏す代わりに秘密警察に協力させる、そんな飼い殺しの手法が実際にどの程度行われていたのだろうか?旧東ドイツの実情はよく知らない。旧共産圏に限らず、捜査機関の権力が強く、情報公開が進んでいない社会では、どこでもそんなものではないかと思うのだが、正確には分からない。

欧米だって、司法取引の形で犯罪者を利用したりするから、この種の管理方法は旧共産圏独特のものとは思えない。日本だってそうだったはず。隣組などの機構が監視に役立っていたと聞く。軍事政権が支配する国々は、どこも似たような状況だったと思う。一党独裁の某国も、違うとは思えない。

捜査側にとっては、犯罪者を無駄に処罰せず、より重要な情報を得るため都合が良い方法。協力者が逃げ出せない地域なら、上手く操ることが可能である。効率的で要領の良い方法だろう。

やられる住民側にとっては辛い。監視を怠れば直ちに自分が厳しい罰を覚悟しないといけないし、住民同士が疑心暗鬼に陥って仲間意識を損ない、公共精神に疑問を感じる方向になり、やがては社会の停滞を生む。管理社会は、やる気を損ないやすい。監視役を維持するために、コストも嵩むと思う。

管理社会でも仕事に精を出させ、発展を目指す方法もある。たとえば恐怖や、激しい競争意識を利用する手だ。でもそのためには、非常に苦しい立場の人間が必要で、あんな立場になりたくないから頑張るという意識が必要となる。皆が豊かになってしまうと、競争意識は育ちにくい。したがって全体が豊かになりにくい・・・そこがジレンマになる。

体制に不利な報道をしたから連行し、殺しはしないとしても脅迫を繰り返して管理する。そんな行為は今でも世界各地で発生していると聞く。見せしめを作って激しく攻撃し、「ああはなりたくないから、批判は避ける」・・・そんな意識を広く作れるかどうかが、管理する側にとっては重要。手を緩めたくても、自分に火の粉が降ってくるのが怖くてできないだろう。厳しくするしかない。

劇場主は、見せしめを作る形で人を管理することを嫌悪する。管理する側に立って便利だからといって、やがて会社全体が停滞するのは嫌だ。自分が所属する社会が衰退することを好まない。厳しい管理で発展し続けた組織があれば考えを改めないといけないが、基本的に管理は最小限であることが組織の発展に必須と考える。

でも、いまだに管理というと見せしめが必要と考えている人は多い。脅迫に基づく管理をやらないと、すなわち管理能力のないヤツと判断する人も多い。恐怖がないと指示が無視され、管理が難しい局面が確かにある。そこで焦って管理を強めると・・・停滞が待つのだが。

見せしめを作る人間がいれば、全体がその人間に引っ張られやすい。見せしめの恐怖には、管理する側もされる側も同様なセンス、いわばイジメや仲間外れごっこの感覚が必要で、互いにそのセンスがないと成り立たない。やがて社会全体が、その管理下に陥り停滞する。そこを歴史から学びきれていない。見せしめ好きの人間は、自分が所属する組織の行く末は気にならないのかも知れない。

見せしめを作る人間を、出世させてはならない。そんな人間に権力を与えてはならない。民主主義社会から管理社会、全体主義への転換は、法に基づきスムーズになされることが証明されている。よくよく考え、冷静になるよう努めないと、強圧的な勢力に力を与える愚行は、繰り返されるだろう。

 

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