映画評

  • 当劇場は劇場主のための映画館です。訪問者を期待しておりません。内容の客観性、正確性は保障できません。でも、真摯な批評を目指します。

劇場主

  • 乙女座 AB型 どの占いでも最悪の運勢 内科クリニックやってます。

Conflict of Interest

  • 特にありません。

おことわり

  • 当劇場は誹謗中傷を目的としておりません。もし権利を侵害されたと感じられた方は、申し訳ありませんが管理会社や公的機関に御相談ください。

« スターウォーズ フォースの覚醒(2015) | トップページ | ミケランジェロ・プロジェクト(2014) »

2016年7月28日

大人は判ってくれない(1959)

Les_quatre_cents_coups

- 障害について -

問題児のアントワーヌ君は、パリに住む小学生。先生や両親との関係も悪く、学校をサボって遊んだのがバレて家出。やがて盗みをはたらき、児童施設送りとなる・・・・

・・・・DVDで鑑賞。長いこと評判だけは知っていたが、鑑賞できなかった作品。ジャン=ピエール・レオ演じる少年が非常に自然で、演技くささが全く感じられなかった。そこが、この作品の最も優れた点と思う。

だから、監督が良いのか俳優が良いのかと言えば、この作品の場合は、おそらく俳優のほうが比重的には大きかったのではないかと思う。演出も自然さに徹していて良かったけど。

この作品のストーリーは監督自身の体験によるという。だから自然な表現になっても不思議じゃない。その後の「華氏451」みたいな妙な作品になっていたら、おそらく監督は有名になることなく、低迷していただろう。

トリュフォー監督には、発達障害か、あるいは何かの行動異常があったのではないかと感じる。映画に関係した作品、例えば「アメリカの夜」やこの作品の場合は、映画への愛情、あこがれはが実に上手く表現できているのだが、自分の感情と離れた点は、わりとあっさりしている。

まるで興味がないかのような演出のこともある。実際にそうだったのかも。私小説のような内容が得意な、限られた趣向が感じられる。そうなら、問題児になってしまうのも自然な経過かも知れない。興味がないことを破棄すると、学校のような場所では怒られるから。

優れた作品を残す芸術家には、多くの異常者、障害者がいると聞くが、確かにそうかもと思う。独特の個性がないと、斬新な作品は生まれにくい。新しいジャンルを作るような偉大なる個性は、たいへんに異常だからこそできるものではないか?優れている場合もあるし、ただ異常の場合もあるはず。

ただそれだけを、長々と映像を使って表現してくれただけか?いや、そうだとしても、この作品の表現力は素晴らしい。彼の心情がよく理解できたのだから。でも制作の途中で、この作品が表現力に優れていると判らない段階では、スタッフは不安じゃなかったろうか?

発達障害の気は劇場主にもあるのだが、大人しい障害児だった。自分の趣味に偏った行動は採っていないはず。教師に反抗したことはあっても、敬意を払う点は守っていた。そこを無視できると感じるか否かの違いが、主人公と劇場主の、ちょっとした違いだろうか?

集団行動が苦手ではないが、集団ヒステリーを嫌悪する感情はある。多くの人が間違っていて、後でそうと気づくような問題に、先に気づきやすいように思うのだが、これは優れているためというより、独特な性向=障害を意味しているのかも。冷静な判断が大事だと教育されてきたせいかも知れないが。

劇場主の子供にも発達障害がある。クラスの遠足に付いていったら、集団行動から外れてふざけてばかりいる。先生から普段の行動を何も聞いていなかったので驚いたが、本人に何を考えてあんな行動をとるのか聞いてもラチがあかず、何を話しても効果に乏しいままだった。

今日、学校で何があったのかい?・・・聞いても答えない。何か敵意に満ちた言動、無視されたりしなかったかと聞いても答えない。じゃあ何かお父さんにできること、して欲しいことはないか?そんな問いにも、何もないとしか答えない。こりゃあ、相当な問題があると感じた。

それとなく聞き取ろうとしても、家内が割っていって会話を邪魔する。それを繰り返す。家内としては、子供が厳しく詰問されているか自分が怒られているような感覚を持つのかも知れない。怒鳴ったりすることはないのに・・・。家内にも障害がある。発達障害は、遺伝かも知れないし、親の行動から影響されるだろう。

要するにそういう障害なのかと思う。自分の感覚で、今の自分に問題があることを理解できないと、人に話すこともできない。自分なりに学校が悪い、教師が悪い、クラスメートが悪い、あるいは自分が悪いか能力が足りないと感じないと、対処法を探る道に進めない。

親に自分のことを説明できるという自信がなかったのかも知れない。劇場主が分からず屋と思えたらそうなる。自分自身も頭の中で整理できておらず、親に話すべきかも判らない。問題認識、分析、対処という処理にかかる総合力の障害なのか、そんな印象。そんな障害者でも、生きていける道はあるのだが、そこを本人が理解できるに至っていない。

「劇場主は判ってくれない」と感じているのだろうか・・・

 

« スターウォーズ フォースの覚醒(2015) | トップページ | ミケランジェロ・プロジェクト(2014) »