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2016年6月25日

ラブ・ストーリーズ コナ-の涙 /エリナーの愛情(2013)

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- 関係修復のコツ -

夫婦二人が別れた後の出来事、別れていく過程を、それぞれの立場で描いた二部作。

独特の作り方が面白かった。ひとつの作品の中で、視点を変えて人物を描く作品はあったように思うが、完全に二つの作品に別れたものは記憶にない。サスペンス映画で、実は・・・という風に真相を描くなら解るが、視点を変えて同じ話を描くという発想に感心した。

この作品に、結論や教訓めいたものはないと思う。夫婦は大変深く愛し合い、互いを思いやっていたと思うが、それでも何かのきっかけで一緒に暮らせないと感じる場合があるのだいうことを、現実的なこととして上手く描いていたように思う。

ジェームズ・マカヴォイが夫役を演じていた。彼を最初に見たのは「ウォンティッド」だったと思う。その当時は、アクションに向かない端役タイプの役者のような印象を受けたのだが、演劇のしっかりした基礎がある俳優のようだ。この種の映画のほうが、彼の本領を発揮する舞台らしい。

妻役のジェシカ・チャスティンは、「ゼロ・ダーク・サーティー」で初めて知った女優で、こちらはそのイメージのせいか、恋愛映画には全く向かない個性のように思っていた。この作品は恋愛が成立する過程は、回想の形で出てくるのだが、彼女の個性のせいか、あらかじめ別れると知っているせいか、絶対に成就しないような雰囲気が漂ってくる。その意味では好配役だったのかも知れない。

別れが似合う俳優を、別れ話にキャスティングする・・・それは、この作品に限って基本的なことだったのかも。恋愛映画には美男美女が向くとは限らない。

夫婦の親を演じたウイリアム・ハートとキーラン・ハインズが良い味を出していた。見終わった後に気づいたのだが、彼らも傷ついたことが大事な要素なんで、悲しみながらも子供を思いやる姿勢が、この作品の重みになっていた。

エリナー・リグビーという名前は偶然のはずがなく、必ず意味がある。救いようにない孤独な人間のイメージを連想させるために、あえて選ばれたような気がする。ビートルズの曲そのものは流れなかったようだが、曲のイメージを利用し、解決策がない雰囲気を出すためには最高の名前。

離婚は、家族を不幸にする。親たちも、自分らに何か問題があったのではと考えてしまう傾向がある。子供に何をすべきか、どう言葉をかけて良いか、迷うものだろう。

この夫婦の場合は、子供の死が別れの大きな要因だったようだ。子供の死は最悪の出来事であり、誰でも乗り越えることは難しい。実際にそれで離婚に向かう夫婦は少なくないと思う。死は、良好な人間関係をも破壊してしまう力がある。

子供に何かしてやれたのではないかという後悔の念がある時は、特にそうだ。もっ早く気づいて病院に行けば・・・事故の危険性を予測して行かせなければ・・・後悔し出したら止まるはずがないし、ついつい相手を非難したり、八つ当たりを始めたりするのが自然と思う。

この夫婦のすれ違いも、八つ当たりといえばそう言えるかも知れない。何かを責めないと気がすまないような感覚は、ついつい相手を排除しようとする態度になってしまう。子供を愛する故に、相手を許さない・・・・その態度は、相手からすれば理不尽なものに写るだろう。

子供の死ほど大きな問題でなくとも、事故や怪我、災害や事業のトラブルなど、何かの問題で心理的ストレスがかかった時は、親しい人でも何か感覚的に相容れないものが生じやすい。イライラの現れだったり、ちょっと形を変えた甘えだったりすると思うのだが・・・・

夫婦の気持ちが、ずっと良好な状態で維持できれば良いが、そんなことはそう多くはないと思う。男女に限らず、人間の感情を完全に理解し合うなど、そもそも難しいことのはず。

傷ついた関係が修復するためには、本当は時間がかかるものだ。多くの男女は考える間もなく子供の世話や仕事に没頭せざるをえなくて、気がつけば次の子供が生まれたりして、なし崩しで日々の問題に気が行ってしまい、それが結果的に修復になっていくものと思う。

そんな修復は、本来の修復とは違うかも知れない。修復というより、脳内の伝達物質の流れを変える状況に放り込むダマシと言ったほうが正しい。しかし、深く考え相談し続ける修復は実に辛い。癒やしは簡単ではない。考える暇を与えず、曖昧にして、義務感や職務など、他の要因で動かざるを得ないように仕向ける。それが、コツだろう。まともに修復を目指したら失敗する可能性が高いし、少なくともこの夫婦のように長い時間の紆余曲折があるだろう。

夫婦は、劇場主のカウンセリングを受ければ良かったのだ! 

 

 

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