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2016年6月28日

仁義なき戦い(1973)

Toei


- 仁義について -

呉市を中心に起こったヤクザの抗争劇を、当事者の自伝を元に小説化、映画化した作品。DVDで鑑賞。

この作品に興味を持ったのは、衛星放送だったか、深作欣二監督の追悼番組を偶然見ていて、監督の出世作であることから紹介されていたため。当時の関係者が口を揃えて名作名作というので、これは見ないわけにはいかないだろうと思った次第。

この作品はかなり血なまぐさいシーンが多い。したがって、今でも小さな子供には向かない映画。恋人と楽しめる内容とも思えない。でも、古くささを感じにくい点では、やはり作り手の意気込み、出来の良さを感じることができる作品と思う。完成度の高い熟練の業を感じられる作品ではなく、荒削りの魅力がある。

公開当時の頃のことは記憶にない。大ヒットしたそうだから、おそらく雑誌、テレビなどで盛んに評価、宣伝されていたはずと思うのだが、「仁義なき・・・」という言い回しが慣用句になった以外、この作品について知ることはなく、今までビデオを観てみようとも思わなかった。

この作品の影響を受けた作品は、多数あるように思う。刑事ものや、ヤクザ映画の多くに、似たような作品が多い。ヤクザ映画独特のヒロイズムには、チャンバラものの影響が感じられるのだが、時代劇はリアルではない。昭和を舞台にした実録路線の場合は実在感が引き立ち、観客も感情移入しやすくなるはず。こういった作品に根強いファンがいるのも、理解できる気がする。

主人公を演じていた菅原文太が非常に若い。当時すでに40歳くらいだったはずだが、前半部分では若者の雰囲気がちゃんと出ている。刑務所あがりになってからは、貫禄の漂う兄貴分の雰囲気がちゃんと出ており、表情やしぐさの演じわけが素晴らしい。メイクや演出の効果もあるのだろうが。

渡瀬恒彦や松方弘樹も非常に若々しく、役を楽しんで演じているように感じる。原作の評判が良かったそうだから、映画のほうもヒット作になるという期待を、皆が持っていたのではないだろうか?多くの人に観てもらえそうなら、やる気も違ってくる。

劇場主もヤクザを診察する機会が何度かあったが、すごんだりされたことはない。子分達は私が何かしないか監視していたようで、周りをびっしり取り囲むのだが、それだけだった。脅しても仕方ない場合に、わざわざ声を張り上げるのは無駄だと解っていたからだろう。劇場主が殺し屋でないと解れば、何もする必要はない。

考えてみれば、医者の恰好をした殺し屋がいても不思議ではない。この作品では駅員の恰好をした殺し屋がいた。白衣は簡単に手に入るから、診察のフリして殺しに来られても、やさ男の場合は解らない。女医だって油断はできない。

ヤクザ者達の考え方は理解できない。何を好んで裏稼業に残るのか?仁義についても、その意味するものの本当のところは解らない。仁義に対する考え方は、おそらくヤクザ者でも各々、違った風に理解しているのではないか?その認識の違いが、抗争の原因になることだってあるかもしれない。

本物の呉市の抗争も、映画と同様に裏切り、仲間割れの連続だったようだが、そうまでしないといけない理由は何だろうか。基本には競争心や、甘えがあるように疑う。兄弟分になるということは、自分を無条件で守って欲しいという欲求のなせる業ではないか?そういった感情に基づく行動は、子供のように過剰になるだろうし、もし裏切られると、殺意に直結するはず。

ビジネス感覚の契約の場合は、裏切られたとしても契約違反で訴えるかどうかというドライな反応に終わりやすいが、無条件の友情を期待する関係の場合、紙の上の契約とは感情的な部分が違い、恨み百倍に達することも理解できる。そこを互いに理解していれば、関係も強固になるはず。お互いがそう認識していると確信して初めて、安心感を感じられる。そこを業界でルール化したものが、仁義ではないか?

義兄弟、親子の杯を結ぶ儀式は、さながら宗教儀式のようで、何か神聖なものを期待する雰囲気が感じられる。理屈や文書による契約ではなく、感情に基づく契約を象徴している。そういった関係が縦横に張り巡らされた世界では、行動がエスカレートしやすいのではないかと思う。

医者の世界も、彼らの世界と大きくは違わない。仁義に似たものを要求する人物が多い。無茶な自己実現欲、競争心を持っている人も多い。猛烈な出世欲、縄張り意識、保身目的の言動、空威張りや実績のアピールなど、刀を振り回すのと表現方法が違うだけで、レベル的には似たようなもの。おそらく一般の会社でもそうだろう。

政界もそうだ。先日の舛添氏の辞任劇は、不自然な点が多かった。舛添氏と官邸、森委員長あたりとの意見の相違、感情的な軋轢が原因となって、マスコミを使った波状攻撃の動きになったのか?あるいは中国と独自に関係を構築しようとしたことが、某国の逆鱗に触れたのかも知れない。

参院選で影響を受けたくない公明党が、大急ぎで排除すべきと判断した可能性も高い。彼らは選挙に関してはプロだから、対応も早い。そもそもは争点になっていた五輪開催の資金提供に関して、国と舛添氏の間で意見がまとまらず、下ろす必要性を誰かが感じ・・・・

「あいつの弱みは何かを探れ!」と指示が出ると、税務署や都の課長連中、会計課あたりに探りが入る。「舛添は金の管理にケチがつきます。」「よし、強請ってもダメならキャンペーンを張れ!」ってな工作は、簡単に思いつく戦法だ。実力者と対峙する時は、弱みがあってはならない。敵は違法かどうかなど気にしないし、仁義なき連中なのだからと氏に言っておきたかったが、もう後の祭り・・・

金、名誉、支配欲、自己実現欲などの基本的な欲求は、どの世界も同じなのだと考える。学歴や職歴、地位などは、人格や生き方とはあまり関係ないようだ。

 

 

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