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2016年2月 6日

デビルス・ノット(2014)

Worldviewent

- 魔女狩り考 -

幼い少年3人が惨殺され、容疑者として青年3人が裁判にかけられる。しかし、住民の証言には疑惑がもたれた・・・・

・・・・実際にあった事件らしい。魔女狩りという表題で日本でも報じられていたから、劇場主も知っていた。まだまだごく最近の話で、まさか映画になるとは思っていなかったが、米国の場合は日本とは感覚が違うのか、法的な規制の仕方が異なるのか、ちゃんと企画が成立してしまうようだ。

気味の悪い死体が何度も登場してくるので、この作品は子供には向かない。恋人とデート中に観るような作品でもない。芸術的な手法に特に優れていたとも思えないので、訴えるテーマ、社会正義、法を重んじる精神だけが、観る理由になると思う。エンタテイメントの要素はない。

ノットとは何のことか分らなかったが、結び目の意味なら犯人が使った靴ひも、連中という意味なら犯人や警察司法組織のことになる。両方にかけたのかも知れない。あるいは聞き漏らしてしまった沼地の名前か、事件が複雑に絡まった状況そのものを意味しているのか?

魔女狩りをする際には、人間は悪魔よりも怖い行動を採る。そこを強調し、上手く描いていた。

米国独特の事件なのかも知れない。欧州でも、おそらく違うのでは?今どき、ヘビーメタルに心酔する若者は日本では少ない。しかも、悪魔崇拝に向かう宗教的な土壌がほとんどない。悪魔は、天使やキリストとの対局にあるので、キリスト教が基本的な宗教であることの裏返しとも言える。日本の神道、仏教では悪魔の存在に注目することは考えにくい。

加えてだが、もともと宗教的な自由を目指して国家が成立してきた歴史から、常に過剰な宗教的態度が影響しやすいという特徴もある。分かりにくい事件が発生すると、宗教的感覚から生じる疑いが暴走し、歯止めがかからない状態になるのかも。過去の米国の事件、裁判などを知ると、そのような傾向を強く感じる。この作品の元となったのも、そんな特有の地盤、歴史が関係しているのだろう。

魔女狩りが発生するのは、おそらく恐怖が理由と思う。あいつら気味悪い、何か自分らに害が及ばないだろうか、そんな恐怖が過剰反応の理由付けとなり、怖ろしい虐待行為を正当化させるように思う。日本でも`つるし上げ’という現象はよく起こる。目のすわった人物が「あいつは許せない!」と叫ぶと、すぐ集団ヒステリーが発生する。自分が責められると怖いという意識も働く。

主役はイギリス人のコリン・ファースだったが、彼のキャスティングは偶然ではなかったかも知れない。米国人俳優だと、下手をすると出演しただけで暗殺される可能性がある。過激な宗教活動家は、神のための人殺しは神の教えに背かないと考えられるもののようだ。

コリン・ファース演じた主役の個性としては、そんなに目立った印象はない。周囲から妨害や迫害を受けても真実を目指して戦ったという勇敢さは、あまり表現されていなかった。無償で事件の捜査をやったらしいから、もっと重みのある、深くて強い意志の力が感じられるような、そんな演技の仕方もあったのでは?

全体の画質にも疑問を感じた。怖ろしい事件、怖ろしい裁判の進展具合を考えると、もっと暗い色調で描くのが普通ではなかったか?殺害現場でさえ、非常に明るい場面のままだった。誰が悪魔か分らないような人物達を描くのであるから、魔女狩りに参加する住民の表情も、怖ろしげに感じるように演出できなかったろうか?

ヒロインのウィザースプーン嬢は、勇敢で有能な映画人になってしまった。単なるカワイ子ちゃん女優ではなく、体型も立派になって、普通の主婦像をリアルに演じられる頭脳派の女優、プロデューサーである。映画人としては、こんな事件を取り上げたくなるものだろう。

死刑にされそうだった青年は、報道によればファンの女性と獄中結婚したそうだ。そんな話、理解できない劇場主だが、あちらでは珍しくはないらしい。この役を演じた青年は、死刑判決にも動じていなかったようだ。それが本当の反応だったのかも知れないが、映画的にはもっと演出があったほうが良くなかったろうか?普通はそれなりに悩み、死を怖れるものと思う。

現在の日本の場合、魔女狩りで死刑まで持って行かれることは考えにくい。たとえ汚職政治家だろうと、ひどい不正行為をはたらいた社長や役人だろうと、なかなか死刑にはならない。殺人犯の場合も、宗教がからむことは例外を除けばない。オウム真理教だけが例外だろう。

あの教団の犯した犯罪は、報道されている通りだろうと思うのだが、確実とまでは言えない。警察が意図的に証拠品を現場に置いたり、紛失したり、ねつ造したりは、可能性の話としてはありうる。DNA鑑定なども、間違いやねつ造は簡単に起こりうると思う。冤罪は実は意外に多かったようで、ただ知らないだけだったようだ。

そう言えば、先週辞職した甘利氏の事件は、贈賄側がビデオか何かを持ち込んで記録していたという。そうなると脅迫目的で金を持ち込み、何か利益を得ようと狙っていたか、あるいは甘利氏側が要求するのに企業側が耐えられなかったか、意図が必ずあったと思う。ただ甘利氏だけが悪人、アホウとは言えないだろう。捏造かユスリの計画があったのかも。

 

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