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2016年1月 7日

満州暴走 隠された構造 大豆・満鉄・総力戦(2015)

- 安富歩著 角川新書 -

満州国の軍事や経済的な面に関して述べた著書。著者は経済学者で、かなり気鋭の方らしい。独特の感性を持っているようで、経済の本なのに自分が女装に目覚めた経緯なども書いてる。そこから判断すると、内容と関係ない話も持ってこれる自由な思考方法の方のようだ。

学者は、基本的には自由であるべきと思う。よほど人を誹謗中傷するか、事実と異なる言論をやらないかぎり、言動を縛るべきではない。でも、そう思わない人間は多く、何にかこつけて難癖をつけたがる。本来、女装や性的な趣向に何かあっても、本の主題とは関係のない話。だから、この本で自分のことを書く必要はなかったのでは?

満州の経済に関しては、かねてより興味があった。特に、資金を捻出するために、台湾銀行と本国とを経由して詐欺まがいの資金捻出をやらかす点については、NHKでも報道されていて感心・・・感心しちゃいけないんだが・・・していた。

満州について語るのは難しい。今だ多数の引き上げ経験者の方が御存命でらっしゃる。移住がどんな形態であったとしても、夢や大志を抱いて現地に行った人達は、あの地に感情を伴わずにおれるものではない。仮に満州国が悪行に満ちたものであっても、そこに賭けた人々の感情を忘れてはいけない。

この本は、その面の配慮が不足している印象を受けた。悪行をはたらいた人も、当時は夢を抱き,、あるいは義務感を持ち、正しいと信じてやった場合は多いはず。もし彼らを評価するなら、純粋に学問的にクールな姿勢でやるべきで、自分の女装の話などを同じ本の中で述べるような態度は、さすがに疑問。洗練されていないと思う。

もちろん、そんな配慮ばかりを強調し、都合良く自分の立場に利用しようとする「立場主義(著者の指摘する表現)」は最悪で、立場より意見の是非、本の学問的な中身そのものを評価すべきである。おそらく著者を攻撃したい立場重視の人間は多いはずなので、著者を批判する際には用心が要る。

現地人のことも、当然ながら忘れてはいけない。武力で支配しに来た連中に、存在の根拠などあるはずがない。どんな人物であろうとも絶対悪と言える。我々が満州国の良い面に着目したりしたら、元々の現地人にとっては言語道断としか思えないだろう。インフラを整備しようとしまいと、侵略者であることには変わりない。それも配慮すべき点。

いまだに満州が理想郷で、現地人とも友好な関係にあった、インフラ整備を施してやったといった文章がよく出てくる。現地人が心底歓迎していたなど、どう考えても無理と思うので、言い方に注意すべきだと思うが・・・・

この本では大豆を国の主要産物として注目していた。可能なら、輸出産物の中で金額ベースで何パーセントが大豆だったなど、経済的変遷の具体的提示が欲しかった。想像だが、大豆の意義は大きかったものの、重工業関係の利権も相当なものだったのではと思う。過剰な単純化は、本の価値を下げる。別な研究書でも読まないと、そのへんの実像がつかめない。

当時は様々な業種で野心家がいたと聞く。鉄道関係、金融関係はもちろん、大豆の輸出業者、出光や日産などの会社も進出していた。巨大なダムを造ってインフラ整備をしたと強調する人もいるが、それは日本企業の工場への送電が主な目的だったはず。そう言えば、チッソや旭化成もそうだった。マンションの基礎工事はその当時やっていなかったろうが、窒素工業の顛末と同様、野心が被害につながる伝統的流れがあるように思う。

ただし発展していく地域に、企業として商売人として、進出をためらうようではいけない。アメリカ西部のように、フロンティアは本来が矛盾に満ちた土地。犯罪者と英雄が紙一重で同居するような場所。満州もそうだったのではと想像する。悪行もあり、大成功も大失敗もあったはず。一面では捉えられない。

正しい行為を・・・・といった観念に基づく議論は、フロンティアでは最初から違和感がある。現地に存在すること自体が非道な日本人が、正しいかどうか語るのはそぐわない。やはり、そこではいかに利益を得るか、経営を成功させるか、それに目がくらむのが自然。それが良いことではないが、自然と目がくらむもの。フロンティアは、そういう場所。

満州国の意義を肯定的にとらえるのは不遜で、無慈悲で非人道的。帝国主義の時代しか通用しない考え方。いっぽう、全否定する見方は、当時の人々の野心や誇り、希望や義務の意識を無視し、やはり受け入れられない考え方。それだけ、満州国を語るのは難しいことなのであろう。

大事なことは、騙されて現地に置いて行かれないようにすること。勘違いして現地人を迫害しないこと。それに、大きく間違った判断をする連中に力を与えないことだろうか?でも、大半の人が大間違いを支持してしまうのが現実。やはり目先の金、職に人は弱い。切実な欲求は、長期的な間違いを気づかせにくくするもののようだ。

たとえば、仮にアベノミクスが目先の金を我々に与えようとも、クールに評価して大きく間違った方向に行かせないだけの常識が求められているということだろう。

 

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