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2016年1月19日

イミテーション・ゲーム/エニグマと天才科学者の秘密(2014)

Gagaetc

- 異能の利用法 -

数学者アラン・チューリングは、暗号解読の仕事に携わる。しかし解読器の制作は遅れ、人間関係も上手くいかず、解雇が迫っていた・・・・

・・・ベネディクト・ガンバーバッチの素晴らしい演技が光る作品。明らかに異常と言える個性を演じていながら、主人公の純真さや理性、知性も表現され、彼を襲う不幸な運命に同情せざるを得なかった。

国家に対しては忠実で真面目な人間だが、異常者、障害者、狂人を演じていたとも言える。普通の人の心の動きを表現するよりもオーバーで、通常ならやり過ぎと言える演技でもあった。しかし今回の演技によって、これ以上望みようのないくらいに強烈な映像表現を出すことができたと思う。

異形とも言えるガンバーバッチは、この役にはうってつけだった。表情も素晴らしい。主人公は、ある意味では邪心のない繊細な感性の持ち主として描かれていたが、困難な問題に接すると浮かべる悲しげな表情も、実在感たっぷりだった。

エニグマという機械があったことは聞いていたが、意外に小さいので驚いた。タイプライターのような機械で、解読が難しい暗号を作ったという発明のほうが、それを解読した機械より凄い気もした。複雑に暗号化すれば、受け取る側も困ると思うのだが、互いにどうやってバージョンを変える連絡をしていたのか分からなかった。

現代の暗号はどうやっているのだろうか?特定健診のデータは暗号化して送っているが、どんな風に加工しているのかは分からない。おそらく、単純な方法だろう。国家機密の場合は、レベルの違う処理が必要。

ISなどが情報交換をやれているらしいので、おそらくCIAでも把握しにくい情報交換の方法はあるのだろう。日本の自衛隊は独自の方法を持っているのだろうか?米軍も知らないようなモノは、作ることを許されないだろうが・・・

気になったのは、実際に主人公のような天才が日本にいた場合、その日本版アラン君がどのように扱われるかという点。普通に考えると、よほどな偶然がない限り、軍の研究機関に彼のような人間は雇われない気がする。

そう考えた理由は、国内の重要ポストの場合、既に定評のある業績を挙げた研究者で、しかも上司の覚えが目出度い人物でないと、話が来ること自体が珍しいからだ。日本の場合は、東大教授の部下の講師あたりが選ばれるだろう。ところが、教授も講師も口だけ達者なわりに、役に立たない傾向がある。学習能力と発明の能力は、また別物だからだろう。

日本版アラン君が排除されやすい傾向は、おそらく劇場主の思い込みだけじゃなく、確実である。特に戦時中の日本の思考パターンなら、士官学校の講師か東大の学者以外からは選ばれにくい。その系列に入っていない異能の持ち主は、存在すら知られないままの可能性も高い。欧米の国との最終的な力の違いが、そんな点では出てしまう。

失敗が目立つ究極の仕事(例えば天皇陛下の心臓手術)の場合は、責任を逃れるため、あっさり優秀な人物に依頼することがあっても、ポストが関係する仕事には、出世競争や派閥意識などのほうが強く影響する。自分の立場の保護が、国の将来より大事・・・想像だが、その日本的構造の弊害は、いたるところにあるはず。

また、特にアラン君は発達障害や愛着障害のような問題を持つ独特の個性と思える。集団行動が必要と考える人物が上司につけば、能力ウンネンに目が行く前に、感情的に足を引っ張ろうと暗躍する動きが必ず出る。「貴様のように勝手なヤツは、俺らの仕事の邪魔になるから排除する!」ってな調子だ。たしかに個人がバラバラで仕事の効率が上がらない場合はあり、作業効率優先の時には団結が最重要。でも、そうでないケースもあることを忘れてはいけない。

団結力が全て、組織の一員として動かない人間は排除して良いという宗教めいた感覚を持つ人は、共同行動が不得意な人間を許せない。それは感情となってしまうから、その上司の説得は難しい。いかにアラン君が必要か論じても理性的になれず、感情的になって許さない、そんな人間が多数派を占める。それじゃあ、最終的な戦いに勝てっこない。

イギリスだって理解のない上司はいるだろう。作品中も出ていた。でもエリートのレベルでは、優れた判断を下す人物がいたようだ。イギリスの戦略は、米国より鋭い。おそらく首相の周囲の人物によって、アラン君は仕事を続けられたのだろう。日本の場合、そんな判断は期待できない。その点が違う。エリートの選ばれ方が違う。本当に稀に、有能な上司を得た人物が幸運を得ることもあるが、頻度は高くないと思う。

暗号を解読した後も問題。手柄を公表したい人物は多い。公表しないと、自分の評価が下がり、将来を失ってしまう。こっそり、責任を問われないような形でなんとか業績を知って欲しい・・・そんな欲求はあるだろう。それでも冷酷に、民間人の犠牲も厭わず情報を握りつぶし、勝利に賭ける強い意志の力には感服する。犠牲になる人間にとっては許しがたい行為だが、勝利のための情報管理はそのような現実も伴うものだ。

日本では、おそらく管理が難しい。上層部の都合で情報が利用され、国家の利益が阻害される。映画のように敵の攻撃目標が分かった場合、上層部の家族は助かるが、他は殺される。そしてこちらの動きは敵に気づかれる。それでも、上層部は処罰されない。

そのことを部下が認識している場合、部下の行動、組織全体の判断能力や成果は決まってくる。規律が重要なのは、結局は勝ち残るためなのだから、こういった問題を排除できる組織のルールを作らない限り、勝ち続けることは難しい。常々そう感じている。今日も過去も、日本ではそのルールを作ることが難しい。

 

 

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