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2015年12月30日

右傾化する日本政治(2015)

- 岩波書店 -

最近の政局の大きな流れを独自の視点で解説した本。著者は中野晃一氏。上智大学の研究者らしい。観点は独特と感じたが、歯切れが良く、明快な解説。保守派の歴代の重鎮達も一刀両断でけなされているから、なんというか、かっこいい感じ。

著者の視点としては、民主党や、旧さきがけ勢力を支持する立場のように思える。敵は自民党と、特にその中で新自由主義に則った昨今の主流派らしい。少し感情がこもりすぎたようにも思える、その記述には、学術的な評価を超えた個人的な意見が入り、客観性には少し疑問を感じた。

そもそも、日本の政界が右傾化しているかどうかだが、右傾化ではないと言い張る人も多いに違いない。全体が偏った時は、まともな判定はできないものだし、今の保守派は劇場の役者のように声高に反論する傾向があって、中心が右か左かの議論など成立しないだろう。劇場主は過度に右傾化していると思う。ただし、この種の判定を論理的にやることは難しい。

国の生き残りを最優先に考える立場から言えば、東アジア諸国を刺激することに意味はないので、常に激しい言動は避けるべきだし、明らかな右傾化は好ましくないと思う。正しいことを言っているとしても、言うべきではない場合がある。そこを間違えている人が多いように思う。劇場型の政治家、評論家が増えたことは、弊害が大きい。

よくテレビ番組で評論家達が他の国をけなしている。あれは記録に残るし、他国で放映されたりもするだろう。日本人はこんなことを考えているのかと、悪用や誤解をされる可能性もある。節度を守り、情報の悪用はさせない、そんな公的立場の人に近い配慮が望まれる。公的な立場の人もひどい人はひどいが・・・・

あのような節度のない評論が可能になったということは、本当は単に劇場化にすぎないかもしれないが、およそは右傾化したとも言える。あとさき考えずに言いたいことを言うのは、基本的に国の行く末に興味がないこと、それよりも自分の立場を高め、権力に組み入り、利益を得ようという考えが強い、そして幼稚では?と疑わざるを得ない。そんな人物が増えた状態は、偏った状態であろう。

日本に限らないかも知れないが、仲間内でトップにつきたい場合は、このように言わないといけない。「俺たちには誇りがある。他の連中には負けない。あいつらを負かして、いい思いをしようぜ!」そう言わないと、内部の支持を得られない。まさか、「あいつらも優れたヤツだよ・・・」などと言ったら、気分が盛り上がらない。仮にそれが正解でも、支持してはくれない。

しかし、やがてトップに立って、相手側にそのままの内容を言ったら、喧嘩を売っているに他ならない。言葉も言い方も変える必要が当然ある。特に、今のように記録が完璧に残ってしまう時代は、トップに立つ前から用心が必要だ。敵の連中の分析にあたって、過激思想の持ち主、取り引き不能のアホウと目されたら、敵も備えて緊張のレベルを上げてしまいかねない。

・・・・実際、そんなエスカレートが原因で過去の戦争は起こってきたのかも。発言には謙虚さ、慎重さが必要。

右傾化が進んでも、国民に害が及ばなければ構わない。でも結果が出ていない段階で、そこの判断は難しい。昭和の初期に軍国化が進んだ時は、結局は最悪の結果になったわけだが、その途上では国民の側は沈黙し、従順に軍部に従った。積極的に支援した者も多かった。反論を許さない状況がゆっくり出来上がったからだろう。

当時は先進国が帝国主義だったし、その競争の中で国のあり方は軍国主義しかないという感覚が、広く国民のコンセンサスを得ていたはず。当時だったら、その理屈は完全な間違いではない。実は財閥の利益が大半を占めるとしても、それを国民の利益と勘違いし、選挙権がない人達も軍を支持したに違いない。その結果がどうなるか、分からなかったのだと思う。

特定機密保護法は、治安維持法や戦時中の情報統制と共通する効能がある。本来は全く違う法律だが、現場のレベルでは同じことも多いだろう。情報の隠匿に法的根拠が生じ、情報を探る民間人を排除したり、情報操作が隠されやすい。戦前の状況に近づけたことは否定できない。

自衛隊の派遣関連法も、軍隊派遣の法律と実質変わらない。日本側が違うと言っても、派遣される相手国にとっては全く同じ。したがって、かっての時代へと逆行したことは、相手国にしてみれば明白。当然、日本は彼らが抗戦する相手と覚悟するはず。楽観して「まさか戦前に戻ったりはしないさ。」と保守派を支持している人達が、やがて自分たちの甘さに気づく事態が懸念される。過去を振り返れば、そう考えるのが妥当。

右傾化する必要があるかどうかだが、劇場主は否定的に思う。日本にとって、いかなる理由があろうと周辺で軍艦が敵を狙う状態は最悪。通商で生きている国だから、通商が滞ること自体が命取り。右傾化は、緊張の引き金になる点で望ましくないのが国家の基本的な立場である。国土が広大な国とは違う。政府や評論家がどう考えようと、その点は間違いない。

実際に日本が攻撃され、支配される危険性も確かにあるとは思うが、そうすると相手国は多くの場合、財政的に破綻する可能性が高まる。日本を管理しつつ、諸外国の非難を浴び続けるのは得策ではないから、占領はよほどのことがない限りやらない。利益を度外視した国だけが攻めてくるのだろう。他国への敵意を強調するのは、本来は過剰なこと。

おそらく軍事力に余裕が出た国が、何かの理由で日本を支配する必要が出て、しかも米軍が動けないという滅多にない事情が生じた時なら行動も可能だ。原発にミサイルを撃ち込むぞと脅迫してくるパターンが最も考えられる。最小の攻撃で最大の脅迫効果が期待できる攻撃パターンだからだ。だが、敵国の軍事力と占領の必要性と米軍の不関与が揃うことは、普通は考えにくい。

紛争となれば相手国も通商が激減し、得るものと言えば資源のない島国。水はきれいだが、時々地震や火山爆発が起こる。占領の維持には金と労力が凄くかかる。そんな国を支配しても、自分らが財政破綻したらアホくさいと考えるのが普通。商売を考える必要のない国が敵となると困るが、現実的に危機が迫っているとは感じない。

もちろん備えは必要で、哨戒を怠ってはならないし、明らかな恣意行為は素早く非難しないといけない。でも右傾化は必要ない。大事なのは法律の不備を是正すること。我が国のスキをつかれて短期間で軍事侵攻されない装備と法体系を持ち、あとは低姿勢でも良いから通商で発展を目指す、その路線が基本と考える。最近の法改正は、方向性がおかしい。間違っても一部の政党や、政府高官、自衛官などが国民の権利を侵害しないようにしないといけない。

ただし問題は、多くの人が宣伝に乗せられやすく、目の前の景気や失業率で頭が一杯になって見通しを誤ってきた伝統があり、楽観できないということ。過去の歴史を見る限り、宣伝さえ失敗しなければ、財界の利益=国益なんだと、簡単に勘違いさせることができるもののようだ。正しい意見を、つまらない意見と評価してきた伝統がある。

 

 

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