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2015年12月18日

介護ビジネスの罠(2015)

- 長岡美代著 岩波新書 -

介護保険施設に絡んで不正を働き、要介護者を食い物にする仕組みを解説した本。

介護施設は急に増えてきた。かって、老人ホームの入居希望者は非常に多く、数年待ちもザラだったが、昨今では入居者の奪い合いに近いような状況を感じる。おそらく、建設業者などが多数の老人アパートを建てたからだろうか?介護制度が上手く動き出したからとも言えるが、本当に上手くいっている気はしない。

建設業者に限らず、異業種からの参入は多い。多数の施設を作り、県内外から入居者を集め、介護保険や健康保険からの収入と、利用者の負担金の両方を集めれば、凄いビジネスになるからだろう。本業で儲けなくても、建設費用などで金が動けば、節税対策にもありうる。

かっては病院が老健施設を建てる、老人病院を作るといった風に、複合型の施設群を作るのがパターンだった。利益が出るように患者に施設間で移動してもらい、囲い込みをやっていた。あれも酷かったが、今でも似たようなものということになる。

要介護度の高い人には、当然ながら高額の介護費用がかかるので、特別養護老人ホームが適応のはず。現実的な入居費用にするためには、公費の補助も望ましい。ところが、動けるけど認知症がひどい方は、介護度判定で老健への入居が認められないために、質の悪い施設でも我慢せざるをえないのが現実。そういった判定の不備と、入居待ちによる施設需要が、ビジネスにつながる。

介護保険が始まる前、その計画を知るにつれ、憤りを強く感じた。成り立つはずのない制度を、欲にかられて強引に作ろうとする姿勢、隠された意図の存在を感じた。「看護婦が介護要員に替わることで給与水準を下げ、社会保障費が安くなるのでは?」といった安易な意見も多かった。「介護の整備は、待ったなしです!」という論調も多かったが、そう話す人間の能力不足がそうさせると思った。

当時テレビで語られた話は、かなりの部分が卓上の空論に思えた。新しい基準は、新しい施設を要する。新たな建物を建てれば、基本的に金は業者に回り、患者には回らない。異業種は、本来が営利企業であることが多く、不正や人権侵害の発生リスクが高まる。本来が営利目的では困る。それに、そもそも安い人件費の職種を作ることを政府が目指すなんて、国力を考えたら最悪としか思えない。最悪を目指して突っ走るなんて・・・・

もともと医療も介護も、内向きの産業。一般的な意味で、生産的商売ではない。内向き産業に金を回すのは、基本的にはマズイ方向性。才能や労力が医療や介護にばかり集中するのは、産業全体を考えるとジリ貧確実の現象。才能は生産的な産業に向かうべきである。建物も制度も既存のものを有効利用し、無駄を省きつつなんとかしのぐ、それが基本たるべきと劇場主は思った。高成長の時代ではないのだから。

当時、建設業に予算を回せないので、介護業界に人を移そうといった理屈も述べられていた。確かに製造業も海外移転しないと厳しい時代、工場は中国や東南アジアに移し、国内の雇用は介護の世界に回す苦肉の策が必要と考えられなくもなかった。でも、その考えはジリ貧政策の言い訳のように思う。そして建設業が介護業界に進出し、介護の質を上げたとは思えない。

今日の介護保険制度は、とりあえず成立しちゃってるので、劇場主の不安は、ちょっと過剰だった。倫理面にこだわりすぎていたし、貧乏性の考え方だった。でも、大間違いでもなかったようだ。問題が顕在化して、予想の正しさが分かる。若い介護者達には気の毒だが、彼らは頑張って働いているものの、その頑張りは報われていない。営業活動をしている連中のほうが、実際の介護人より羽振りが良いので可哀相に思う。政府が彼らをブラック職場に誘導したのである。

利益をちらつかせる → 営利企業が参入する → 施設が充足する → 業界の規模が大きくなる → 無駄や矛盾、予算不足が明白に → 保険料負担アップと報酬の制限 → 業者の撤退、地域の崩壊・・・・これは業種を問わず、国が何かを進める時に伝統的にやられてきたこと。介護業界も、おそらくそのようだ。この流れは弊害が大きい。営利目的の事業の手法なのである。殖産興業時代の名残だろうか?

いまだに分からないのは、例えばケアマネージャーの在り方。権限が集中するはずだが、公平性はどのように担保するつもりだったのだろうか?業者に雇用されたケアマネージャーなど、理屈から考えておかしい。公平であるはずがない。ケアマネージャー評価機構、処罰規定など聞いたことがないが、有効な管理ができているのか?

権限を持つ人間は、選挙で選ぶか厳しい罰則で縛るしかないと思う。特定の業者との癒着が明らかになれば、全財産を介護保険の基金に納めさせるくらいの規則が必要。政府に何かの失策があれば、政府も責任をとらないといけない。担当する役人の一定数が全財産を納めたって良い。これは彼らにとっては人道に反する意見だが、より多数の人々の人権を考え、財政や各々の責任問題を考えれば、残虐な意見とは言えない。

導入を急いだ関係で、業者に甘い仕組みを作り、参入者が集まるようにしたようだ。日本の政策の伝統的な欠陥。誘導する方面には優しすぎ、肝心の国民には危険を及ぼし、真面目な業者は不利益を被り、役人は天下る、そんな仕組みが基本になっている。

施設を非常に細かく分けた理由も分からない。実態に即していないことは明らかで、計画が最初から破綻している印象だが、何を狙っていたのだろうか?制度を複雑にすることで、患者の囲い込みを許容しようと考えたのか?管理者を増やし、効率を悪くしてでも、役人が関与する部分を確保しようとする意図があったのか?

こうまでなったら、梯子外し的な手法で業界を適正化すべきかも知れない。急に規制を作り、公的監視下に置くわけである。

おそらく破綻する業者が増える。そうしたら無慈悲に強制的ローンを組ませて囚人のごとく、施設は維持させながら飼い殺しする。撤退を法的に許さない。金を貸していた銀行もついでに飼い殺しにする。資産を介護保険基金に移す・・・・鳥肌が立つような怖ろしい仕組み。これだけでも、儲け主義業者の参入は減る。まともに管理を受けて、適正な施設にしたほうが利口と考えるに違いない。

これに近い規定を作らない限り、現行の規制では悪質業者は生き延びてしまうか、安易に撤退する。社会保障にたずさわる者は、一般企業とは違ってしかるべき。行政には、その感覚が欠けている。人口が減りつつある時代の社会保障は、一世代単位で考えられるほど甘くない。成り立たせるためにはウルトラCが必要。金を押さえて、金融面から長期間監視すべき。

 

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