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2015年10月 4日

ウォルト・ディズニーの約束(2013)

Disney

- 違和感の原因解明 -

メリー・ポピンズの映画化のために、原作者トラバースと交渉中のディズニープロだったが、トラバースは気難しい人物で、ナンクセを次々とつけて、企画成立は難しくなってくる・・・

・・・DVDで鑑賞。メリー・ポピンズは、結局は映画化されたことは皆が知っている。したがって、この作品はラストでどんでん返しがあって、原作者が了解してくれることと、途中は嫌がらせのような問答が繰り広げられる、そんなパターンのコメディだろうと直ぐに想像される。概ね、その通りの流れだった。

ただし、キャストは一流どころが多く、家族や作品にこめた想いなど、人物の深い部分へのこだわりが感じられ、全くのナンセンスギャグ、ドタバタコメディよりもずっと高尚な、まさにディズニー的ホームドラマの雰囲気、伝統が感じられた。健全な精神を感じる。でも、その伝統のために、よりいっそうの深さには欠けていたと思う。

原作者の父親はアイルランド出身で、なぜかオーストラリアで銀行員になったそうだが、アル中と結核?のために不幸な最後を迎えたことが、作者のトラウマになっていた・・・・そのへんの描き方は秀逸。最初から種明かししてしまうと、作者に同情することは難しいから、陽気に遊んでくれた時代のことや、父親が何かヘマして家族が心配するシーンなど、不幸なドラマを細かく挿入して、作者の心情が分かるように工夫していたようだ。

ただし、少々回りくどく、構成が複雑になりすぎた面もあったと思う。過去にさかのぼって、なぜ原作者が頑固に人物設定に関して譲歩しないのか、その点を理解しやすいような、ナレーションなり技巧的な工夫があったのではないか?スタッフの誰かが調べて、トラバースの言動を解説していくような構図なら分かり易い。

・・・・と言っても、原作を読んだことがないので、何にこだわり、何が映画と原作で違うのかが分からない。この作品のアイディアは、もしかすると録音テープの通りに激しい論争を繰り広げ、スタッフらが辟易した伝説のようなものを誰かから聞いて、そこから脚本にできるのでは?という着想が生まれたのかもしれない。でも録音くらい、大きなプロジェクトであった当時の映画製作では珍しくなかったのでは?とも思うが・・・

エマ・トンプソンの演技は、劇場主にはわざとらしく、オーバー気味に思えた。もう少し穏やかに、しかし陰険な雰囲気のほうが、テープの声のイメージに近いように思う。トンプソンは表情が目立ちすぎ、声も大きすぎる印象を受けた。会話のタイミングをずらし、クールな態度でスタッフを困らせる慇懃無礼でいやらしいオールドミス的な演技が望ましいと思った。

ひょっとすると、ミスキャストだったかも知れない。劇場主のイメージでは、年齢的に無理はあるとしても、バネッサ・レッドグレイヴなどが似合う印象。メリル・ストリープも似合う。エマ嬢は表情が分かり易い分だけ、怒りの表現などが軽くなるイメージがある。頑固さに観客が共感できるよう、人懐こそうな目線が望ましかった。

トム・ハンクスの演技は、ディズニーに似ていただろうか?メーキャップや、古めかしい身振り手振りで、あの雰囲気を再現できたようにも思えた。

メリー・ポピンズの傘の柄は印象的なアイテムだった。伯母さんが持ってくるカバン、そこから物を取り出す様子など、一種のオマージュになっていてファンには喜ばれる工夫が色々あった。そのへんも、手馴れたディズニースタイルの伝統が生きているからできることなのだろう。

そう言えば、映画のメリー・ポピンズは、我が家の子供達には全く受けなかった。劇場主が観ても、独特の暗さを感じる。画質がぼやけて、証明や色彩がやや暗めであることも関係したかも知れないが、もう少し派手でコントラストの効いた色彩に変えて、曲調も楽しいものばかりにしていたら、悲劇さえ喜劇的に描けていたように思う。少し悲しい雰囲気に偏った印象がある。

スタジオで撮影したと思われる町並みのシーンは、照明の関係か、あるいは作品の中で言われていたように色彩を制限されたせいか、暗い印象を受けた。ロンドンの物語だから、雲がかかって薄暗いほうが自然かも知れないが、楽しい映画で暗い画面は基本的に妙な印象。曇っていても明るくするくらいは可能と思う。

あれが本当に原作者のせいだったら、映画化は失敗だったのかも知れない。言っては悪いが、原作者の没後に企画することに成功していたら、随分と違った映画ができていたかも。

元々映画は無理にミュージカルにしてしまった失敗企画かも知れないし、作者の意向とすり合わせた結果、原作が持っていたクールさを失い、いっぽうで陽気な部分まで暗くなって、全体のバランスが合わなくなってしまったのかもしれない。

ディック・バン・ダイクやジュリー・アンドリュースの個人的魅力と、曲のレベルの高さによって名作と言われるほど成功はしたが、ちょっとした違和感は残ってしまったのではないかと思う。

 

 

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