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2015年9月22日

安保法案(2015)

- 今後は? -

19日に成立したらしい安全保障関連法について、ずいぶん前から成立は明らかと考えていたので、内容を確認することはしなかった。前回、前々回の国政選挙が終わった時点で、今日のことは決まっていたはず。

知っても意味がないと思ったが、新聞に載っている文面は少し読んでみた。具体的な内容は政令など今後の指示によることになり、解釈の仕方や役人の個性などによっては、正反対の内容にもなりうる。やはり法律だけ読んでも、役には立たない。怖いことだが、どうとでもなる根拠である法律ができてしまったのは確か。

とにかく、今国会より前から、このような法案が提出され、自動的に成立することは確実だった。経済的なことを考えると、選挙では自民党に票を入れるしかなかったと思う。そう考えた人がほとんどで、まさか民主党の経済運営に期待しようという人はいない。経済を選んで、安保問題は諦めた格好。

戦前も、ある意味ではそうだったはず。満州を保持するために、何だってやるつもりだったはず。昔も今も、金や仕事がないと話にならないのだから仕方ない。

それに古い法律の不備な点は、たえず改正する必要がある。安保関係だと、急に攻めて来られた時の対処法が明確でないといけないし、テロリストや海賊の活動状況に合わせ、現実に即さない部分は改正が必要。敵は必ずのように、こちらの政府が対処できない面から攻めてくる。そこを埋める必要はある。何も対処しなければ、敗北が待っている。

なんらかの改正は必要だったと思う。正しく賢くできたか、後生に遺恨を残さないかが問題だが。

今後の展開が気になる。

まともな裁判になれば、さすがに違憲判決が出てしまう。したがって政府は目先を変えるべく、何か野党側のスキャンダルを明らかにするか、裁判所への工作をかけるなど、これからの長い活動が始まったに過ぎないのかも。

違憲判決は覚悟しないといけない。複数の裁判の中で、おそらく6-8割は違憲と判断されるのでは?そうしないと、裁判所も存在価値を失ってしまうから、高裁レベルで政府は有利に立てないだろう。判決と選挙のタイミングが気になって、腰砕けになるかもしれない。

外国と条約を結んでしまって、違憲判決が出ても実質の行動を変えられないような工作もされるかも知れない。米国は当然だが、豪州やフィリピンなどとも連携する根拠が、今回の法改正でできあがったと思う。国家間の条約なら、もう勝手に破棄はできなくなる。

今の様子をみる限り、しばらくは憲法改正の方向に動くのは自殺行為のように感じる。ふたたび、経済問題や国際問題に関して派手に行動してくるのでは?今の話題となると、難民問題が大きいので、凄い規模の人道支援を思いつく可能性もある。

中国政府に何か事件を起こしてもらうのが、政府にとっては一番有り難いシナリオ。艦船を出してもらって緊張状態を作ると、ほらみろ!政府の言った通りだとなる。誰かを拿捕しても良いし、海洋保安庁の船と放水合戦でもしてくれたら、政府は一気に楽になる。怖い話だが、それは日中双方の政府にメリットのある作戦。

若者の集団「シールズ」は面白い。おそらく今回名前を売ったので、選挙活動をやろうとする動き、反発する動きが生じて分裂騒ぎ、あるいは政党が彼らを取り込もうとする動きなど、お決まりの騒動が起こると予想される。

指導者達に優れた人がいれば、政党とは独立した、新しい形での政治運動を続けることが可能かも知れない。でも野心ある人間が、シールズを踏み台にして先鋭化し、選挙に出てしまうかも知れない。そういった可能性は、今のところ分からない。

法律、省令、政令の内容、政府の発表などが、仮想敵国を過剰に刺激しないことを祈る。敵側にとっての日本は、既に充分、敵を威嚇していると思う。勇ましい演説は、テレビカメラがないところに限定しないといけない。後で敵に良い攻撃材料を与えることになるので、いよいよ慎重に活動すべき。

そして既に、テロリスト達にとっての日本は、米国の手先としか見えないだろう。しかも米国より宣伝効果の期待できる相手かも知れない。民間人の安全は、とても保証できないと思う。年間数百人くらいの犠牲は覚悟しないといけないかも知れない。それでも今回のような改正が必要かと考えると、ピントがずれているように思う。旧来型の戦略に酔っている気がする。

たしかに敵は、例のあの仮想敵国かも知れない。でも、その場合は法律で対処できる相手ではない。攻撃は、結局のところ力関係次第。問答無用で始まるはず。同盟国の行動は今回の法改正とは関係ないので、期待しすぎてはいけない。いっぽうテロリストのほうは、より現実的な問題である。

 

 

 

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