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2015年8月13日

アメリカはいかにして日本を追い詰めたか(ジェフリー・レコード著、草思社、2013)

- 悪意? -

戦争は、たいして理由なく起こることも多いのではないか?そう感じる。

特に攻めてこられる側にとってはそうで、おそらく相当数の人が状況を理解できないまま殺される。攻める側が本音を隠し、裏をかこうとするからだろう。敵は容赦なく滅茶苦茶で、無慈悲な人殺しに思える。後で戦争が起きた理由を調べても、あまり分からないものなのかもしれない。

帝国主義の時代は、特にそうだったはず。国力のある側が、市場や資源、農園の場所などを求めて攻めて来る。攻められる側は辛い。零細な国は、強引な要求を繰り返されて、やがて支配下におかれていた。そこに本当の理由、理屈はなかったと思う。強欲と嘘と、総合的な国力の行使があっただけ。そして今も、概要は変わっていないはず。

「我々は純粋なキリスト教徒で、純血の白人。資産を有効活用するため植民地にプランテーションを作る。反対する住民は殺人組織(米軍)で殺戮する。これは神の意志である。宣伝文句は民主主義のためとでもする。」・・・そんなことを考える人物は当然考えを隠すから、攻められる側が理屈を理解できるはずはない。

だから、「どうして攻撃するの?」といったことを考えても仕方がない。どのように追い詰めたかに関しては、ある程度記録を調べることができるが、本当の意図、隠された狙いを考えても無駄に終わる可能性が高い。でも、本を読んで、そこをあえて再考したい気持ちになった。

この本は、米軍の研究機関所属の学者の文章が元らしい。太平洋戦争前夜の日米の駆け引きを分析している。ただ日本の評論家が意見を述べるだけの本より価値がありそう。タイトルも上手い。でも、このタイトルだと、最初からアメリカの悪意を疑っていることに他ならないから、偏りがあることになる。そして経済面の分析が、あまり書かれていない。

戦場となった中国や南洋諸島の人たちの被害にも、あまり感心はないようだ。この本のテーマから外れているからだろうが、理由なく犠牲になった現地の人達に、本当は一番同情すべき。戦うこと自体が最低最悪の行為。日米ともに極悪で、独善に満ちて、自分達こそ優秀と思い込みながら間違っていたはず。人道のことなど、気にしていなかったろう。

結局、この分野では互いが意図を隠す関係で様々な観点が成立し、決定的な事実というのは解明できないものらしい。日本の失敗については興味があって様々な本を読んできたが、どうやら限界があるようだ。もうこんな本を買うのは止めようか?

そもそも、劇場主はなぜ、こんな本を読むのだろうか?本を読んでも、今までの実生活で役立ったようには感じない。むしろ、周囲の人から浮かせる原因になっていた。常に国の来た道が気になる男は、周囲から見れば気味が悪いはず。日々の生活や、遊び、金のことを気にするのが普通。この種の本を読む意義に疑問はある。

ただし、この本自体は悪い本ではないと思う。書き手の姿勢、論理の運び方に共感を覚える。どんな考えが世界を動かしているか知れば、我々の未来も予想しやすい。個人的な対処には役立つかも知れない。その意味で、この種の本は独特の重要性を持つと思う。

米国の素晴らしいところは、情報公開が進んでいる点。総てではないと思うが、思い切った公開内容に驚く。非難される人物がいるはずなのに公開するのは、日本では無理。信頼は情報公開によって保たれるという、しっかりした認識があるのだろう。正しい分析には、正確な資料が必要だ。そう言えば、日本の公文書は、とんと噂を聞かないが、政府の信頼度の違いだろうか・・・

歴史的な事実を隠匿したり誇張したりすれば、後世の人々の判断を誤らせ、無用な対立や残虐行為を起こすかも知れない。誤った歴史認識で災禍を招くのは怖いが、そこに怖さを感じない人もいる。日米の開戦前の戦力分析も、勢い任せで適当に済ませた日本が、結局は判断ミスをしたと思える。 判断間違いの要因をなくすために、事実の公表は欠かせない。そのようなセンスと目先の事情に捉われない勇気、そこが我が国にない点。

ただし、研究機関の本だったら信頼できるとは限らない。政治的な宣伝目的での誇張や隠匿はあるはず。書き手の意図が何かしら影響するだろう。書く人に圧力がかかる状況では、表現に手心が加わっていると思う。多くの場合、よほどな事情がないかぎり、大統領に都合の悪い表現はしてこないはず。大きな史実だけしか追えない。裏付けされていない内容は、少し疑ったほうが良い。

ともかく本の内容よりも、まず文章のスタイルに敬意を覚えた。事実とおぼしき事を追って、論理的に真相に迫ろうとする態度を感じた。まず思い込みありきの日本側の評論家の文章とは、立ち位置からして違う印象。

日米の戦いに関して、いくつかの大きな疑問を劇場主は持つ。それらは、この本を読んでも結局は分からなかった。米軍の分析官なら、はるかに進んだ見識を持つと期待したのだが、やはり何か隠しているのだろうか?参考資料、ヒントを得た程度に終わってしまった。仕方ないとも思う。

疑問点①・・・開戦の際の真珠湾への攻撃を、ホワイトハウスがどの程度知っていたか。

米国首脳は確実に知っていたというのが日本では通説だが、この本では曖昧だったという記載。首脳達が証拠を残したくなかったはずだから当然だが、こう書かれると真相も不確実と考えざるをえない。情報が届いていても分析は難しいので、米軍首脳の間で意見が割れていたのかも知れない。分析官が攻撃が始まると言っても、懐疑的な首脳はいたはず。また来世紀にでもなれば、大統領の文言が公開されて、本当に明らかになるのだろうか?

日本の攻撃の規模は大事と思う。そのままハワイを占領するかどうかは大きな問題で、占領されて人質でもとられると相当な打撃。戦争が長引いて、そのまま冷戦に入ってやっかいな事態に陥っていたかも知れない。そこを覚悟した上で攻撃を待っていたとすると、さすがに無謀な印象も受ける。

単に、日本の攻撃力をなめていたのでは?とも思う。米国が用意したエサが大きければ攻撃される可能性は高いが、事前の無線内容から判断して上陸はしないし、たいして被害が出ないから問題ないだろうという認識が、米軍側にあったのかも。

また、米側の戦略計画であるオレンジプランの作製が始まった時代、日本の軍事力は小規模と思われていたはず。いっぽう米国は世界の覇者たる能力をつけている、中南米もフィリピンも簡単に征服した・・・そんなイメージは、若い軍人が出世して米軍の中枢になっても頭に残る。基本的なセンスの部分で、その後の日本側の進化を作戦に盛り込めなかった結果ああなった可能性もある。

さらに米軍は余裕があるので、攻撃や、その規模に関して何も確信を持つ必要はなかったし、攻撃さえしてもらえば作戦通りなわけで、日本の攻撃をどの程度知っていたかは、もともと意味のない問題なのかも。さほど気にせず、攻撃されてから考えても充分と思っていた可能性もある。

追い込んでいたのは米国だから、宣戦布告が遅れたかどうか、不意打ちだったかどうかなどは本質的な意味を持たない。取り囲まれた人間が相手を押しのけるのと同じで、取り囲む側の論理では奇襲と言うだろう。米国が宣伝にどう利用するかだけの意味しかない。開戦時は「だまし討ち、不意打ち」と強調されたらしいが、本来あまり意味ないという意見もよく聞く。その指摘は正しいだろう。

ホワイトハウスがどの程度知っていたかは、意味がない。でも日本軍の行為は、だからといって正当化できるものではない。帝国主義に漬かった侵略行為だった。いっぽう米国の抑圧政策も、いわば大柄な不良学生が、小柄な不良を囲んでいじめるような構図で、質においては大きな違いはないと思う。同様に正当化などはできない。双方が極悪どうしだったと思う。

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