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2015年7月24日

ヒミズ(2012)

Gaga

- 若者よ頑張れ -

両親に見捨てられた青年は彼を慕う少女、浮浪者達と生きようとするが、貸金業者、父親などに虐待され、正義の殺人の衝動に駆られる・・・・

・・・・染谷将太が出た映画が気になって、DVDで鑑賞。同名漫画の映画化作品だそうだが、漫画は見たことがない。漫画とは地理的な設定や、人物の個性も多少違うようだ。

震災の後のガレキの風景が何度か出てくる。荒涼とした風景は、作中の荒んだ雰囲気を出すことに役立ってはいたが、被災者の心情を考えると少々アザトくて不謹慎な印象も受けた。被災地を写すなら、被災地の復興を基本テーマにすべきと思うのだが、この作品は少し違う部分が目立ったように思う。

もちろん、復興には若者の心の整理、励ましも必要。彼らが心を癒し、前向きになるまで、無茶でも耐えて頑張ってもらわないと仕方ない。画像のラストシーンの「頑張れ!」という叫びは、若者全体に向けたものだったろう。

震災を漫画的ストーリーで描く場合を考えると、この作品のセンスは抜群に素晴らしかった。苛立ちや絶望、嫌悪感、希望を持てない状況の表現は、無茶な暴力への衝動を上手く描いたことでよく理解できた。また、ラストシーンのセリフ、二人の声の出し方が良い。ヤケクソのような励まし方は、震災にあった人の心情に合致するように想像する。

ストーリーは、さすがに漫画的すぎて、映画用の流れから考えると適切ではない印象も受けた。過剰に殴ったり、いらだったり、演技と演出が激しすぎて、リアルな雰囲気が出ていなかった。もう少し抑制したほうが、映画としての訴える力にちながったのではないか?原作は原作、映画は映画だと思う。

染谷の演技は素晴らしい。もっと怖がった様子が声に出ていれば、さらにリアルで共感を得る人物になっていたかも知れない。そして、もっとダイエットし、丸刈りのヘヤスタイルだったら、さらに良かったかも知れない。まともに殴られたら、歯は折れるし拳も傷めるはず。素手でそうそう何度も人を殴れるものではない。

彼のような俳優は若いうちは光るが、齢をとると価値が下がる傾向がある。皺や白髪が増えた時、どのような人物を演じると良いのか、今の時点ではよく分からない。悪役には向かないように思う。

ヒロインは二階堂ふみという女優さんだったが、演劇部の女学生の雰囲気がそのまま映画の個性と合致していて、この作品にはピッタリの印象。もっとクールな役柄か、無理にカワイコぶったキャラクターのほうが、現代風だったかもしれないと思った。

拳銃の扱い方が気になった。ラストのほうで重要なアイテムになるのだが、映画の中ではリアルさを損なう原因にもなっていたと思う。入手方法が不自然すぎて、やはり漫画的な話だったのだなと、観客の冷めた印象につながりかねない設定。これはありそうな話だと、納得できる設定も必要。

もっと思い切った演出方法があったかも知れない。被災地と夜の街だけロケを使い、後は舞台で夜のボートハウスを写すといった方法なら、詩の朗読が有効になる。学校のシーンは重要ではないから、削除していいかもしれない。心理劇の部分を強調したいなら、舞台の雰囲気と詩の朗読は有効では?ギリシア悲劇のような荘厳な物語になるかも知れない。

さらに予算があればCGを使って、被災地の中にたたずむ姿とボートハウスの光景が合体したような奇妙な空間を作ることが出来たかもしれない。

園子温という方が監督をしていた。堤防の道が、そのまま被災地の道路に重なるように編集したり、細かい演出のセンスが良い。拳銃が最初から出てきて、ラストの大事な場面につながることや、詩の使い方も印象的。エログロ、過激路線、演出過剰の特徴を出しながら、基本に従っているような印象。

震災の後の日本を覆う雰囲気の表現に優れていた。怒り、憤り、不安感、無力感、それらが記録された価値はある。原発事故の報道は、聴いているうちに気分が滅入ってくる。おそらく若者はもっと敏感に、世の中に希望を持てない感覚、大人達の嘘や勘違い、無能ぶりに腹が立つやら、それこそ主人公のような感覚に襲われたと思う。

社会的敗者は自己責任で対処してもらう・・・そんな風潮は、破壊的で暴力的な衝動につながると思う。東京電力も、そしてあの東芝でさえも、違法、無能、虚飾、改竄に満ちた運営をやっていたようだ。そんな社会でも、若者には生き抜いて欲しいと願う。とにかく、いかに矛盾に満ちた世界であっても、頑張って欲しい。無茶苦茶なのは、今に始まったことではない。昔からそうだったのだ。

 

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