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2015年7月30日

太平洋の奇跡 フォックスと呼ばれた男(2011)

Photo9

- 判断も奇跡も必要ないよう -

米軍によるサイパン島の占領後、日本兵は山岳部に逃げ込んでゲリラ戦を展開していた。米軍が追撃してくる中、隊長は作戦継続するか投降するか判断を迫られる・・・

・・・・史実に基づく話らしい。7月12日、衛星放送で鑑賞。

この作品は全体に大人しい。子供がワクワクする活劇ではない。グロテスクでリアルな血まみれのシーンもない。でも、戦闘シーンはかなり迫力があって、攻撃していく場面は見事。

とにかく、最近は戦争ものが非常に多い。政府のせいだろう。妙な法案を審議するから、視聴率が上がるとテレビ局も思うはずで、あまり人気が上がらなかった作品でも、まるで大ヒット作のように放映されている。この作品も、公開時にはさほど評判にならなかったと記憶している。もちろん、観に行かなかった。

おそらく主演が竹之内豊だったことは、興行成績に関係している。竹之内は映画スターではなく、テレビドラマの脇役に近い存在だから、いかに演技力がある二枚目だろうと、大ヒットは狙えない。今の日本の若手俳優で、真面目な映画でもネームバリューだけで客を呼べるのは誰だろうか?ちょっと思いつかない。

竹之内の演技は悪くなかったと思う。少なくとも、アイドル出身のタレントよりはずっとレベルが高く、落ち着いた役者ぶりだった。迷いや悲しみ、恐怖の感情も上手く演技できていた。オーバーすぎず、わりと淡々と演じていた点は良かったが、逆に言えば盛り上げには欠けていたかもしれない。

声が低くて美しいが、声量が小さめだった。冷静な人物として描くことは分かるが、マイク、音響技術を駆使して、もっと分かりやすく、聴き取りやすい話し方にして欲しい。静かな話し方でも、よく響き、説得力のあるように加工することは出来ると思う。

武士の映画、軍人の映画の場合に思うことがある。主人公が冷静で、静かな話し方をする場合、セリフが聴き取り難いことは多い。おそらく現場では響く低い美しい声であっても、放映される場合は何か加工しないと、大きく叫んだ声に圧倒されて、よく聞こえないはず。昔はともかく、今はデジタル加工で何でもできるので、意識して欲しい。

また、静かなセリフの場面では、いかに迫力や説得力、その人物の魅力を表現するかに注視しないといけない。普通の演技ではなく、あたかも舞台の上で、音が響き渡るかのような感覚が、ロケ地の拡がった空間でも感じられないといけない。そこらが、必ずしも上手くいってない作品は多い。

ヒロインは井上真央だったようだが、どうも彼女の役は必要なかった気がした。真剣な表情、懸命な様子は分かったが、当時は軍人に文句を言える人は滅多にいなかったと思う。特に追い詰められた状況の場合、文句を言ったら直ちに殺されてもおかしくなかった。堂々と皮肉を言うような演出はリアルではない。

中嶋朋子がひっそりとヒロインを演じても良かったはず。それにしても、中嶋の痩せ方は酷い。戦時中の人間みたいだ。したがって、この種の作品には常に需要がある。でも体調を気にしたほうが良い。

敗戦の時に限らず、連絡、指示の仕方が気になる。奇跡がなくても、隊員がちゃんと仕事をこなし、できれば生き抜いていけることが望ましい。奇跡など必要ない。

各地で終戦を迎えた部隊に対し、日本軍の上官たちはどのように行動したのだろうか?連絡が届かなくて現地に残ったままの兵士は多いはずなので、武装解除の連絡をどうするか、直ちに考えないといけなかったはず。でも、上層部は部下に指示を出す余裕がなかったかもしれない。

仮に指示を出しても、遠い南洋や満州にまで連絡が届いたかどうか怪しい。では予め、終戦が決まったら勝手に現地で武装解除に応じろなどと指示すると、敵の諜報に乗せられて捕虜になってしまいかねない。軍の内部の、どのレベルから降伏の指示が出てくるか、どうやって確認するか、そのへんが明確に決まっていないと、混乱した状況の戦地に行くのは怖い。

戦犯になる危険性が高く、肝心な時に行動できないような人物に指示させてはいけないことになる。現地の司令官クラスで、生き残った連中の一番上の人間が、現地で武装解除に応じるかどうかを素早く判断する、そんな規則がないといけない。

小野田少尉は、おそらく上官も想像できないまま生存していた稀な例外だとは思う。しかし、仮に早い時期に、大々的に上官の名前で投降のビラが来ていたら、もしかすると無駄な作戦に従事することなく、早く帰還できていたかも知れない。軍のルールに問題があったはず。

政府が今進めている法案も、結局は現地に行った隊員が、このような時にはこうしてよい、こうしてはダメという規定が完璧に決まっているかが大事。厳しい判断に苦慮する必要がないほど規定を作っておかないと、作戦に従事させられるほうはたまったものじゃない。

後で、そのような事態は想定外で、検討しておりませんでしたという事がないようにしなければならない。立案の段階で、その詳細が検討されていないといけない。それができていない法案は、意図を隠したまやかしと思う。まやかしには嫌悪感を覚える。

 

 

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