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2015年6月18日

フューリー(2014)

Kadokawa_columbia

- 解説不足 -

第二次大戦末期、ドイツ本国に侵入した米軍の戦車部隊の物語。敵を蹴散らして侵攻していったが、反撃に遭って孤立し、ついには戦車も故障。撤退するしかなくなるが・・・・

・・・・DVDで鑑賞。この作品はアカデミー賞の候補にも挙がっていたというが、そこまでの完成度は感じなかった。でも、力作だと思う。観ていて楽しくはないが、重量級の表現力を感じ、感動するものがあった。

子供が楽しめる映画とは思えない。戦闘シーンは非常に迫力があって、しかもビジュアル的に分かりやすく、表現する力を感じたから、戦闘だけ見るなら子供も楽しめるかもしれない。ドラマの部分はかなり暗い。退屈してしまうかも。

主人公は戦車隊長役のブラッド・ピット。スターの存在感はあるが、表情がいまひとつの印象。もともとタフな印象の役者ではないから、この役柄に彼は不適だったような気がする。もっと体力がありそうな俳優が良いだろう。

彼のキャラクターに問題があったと思う。過去にどんな悲劇があったか、どんなトラウマを抱えているかが重要。そこらへんが省略されてて、物語性が欠けてしまったのでは?

戦車隊の仲間達の生い立ち、過去のいきさつなどがもう少し丁寧に織り込まれていたら、観客は感情移入できたと思う。時間配分、キャラクター解説への重点配分に配慮が足りなかった。

新兵役のローガン・ラーマンは素晴らしい。目立つし、好人物の得な役だった。真面目そうな表情、怒りなどの表現が良くできていて、登場人物の中では最も魅力的に思えた。

シャイヤ・ラブーフが同僚役で出ていたが、彼には迫力の点で満足できない。だいたいなら、彼が新兵の役をしそうだ。何か交渉段階で間違ったに違いない。もっと年齢が上の俳優のほうが実在感、迫力の点で良かったはず。なぜ彼がキャスティングされたのか、狙いが分からなかった。

ドラマの部分は、なかなかリアルだった。新兵に対する不信感、彼の失敗によって味方に損害が出たことへの怒り、仲間同士の対立・・・あれには人種や階級(将校と兵士)の対立が伏線になっていたのだろうか?そしてラスト近くで、撤退するかの判断、そのへんはなかなか上手く出来ていた。

戦車の中で会話ができるのか、疑問には思った。巨大なエンジンで、しかも防音装置などはないはずだから、大声でどなっても走行中の会話は難しくないか?人生を語り合うなど、実際は無理では?

戦車の砲弾は、あんな風に目に見えるものなんだろうか?自衛隊の演習の報道を見ても、弾道は全く分からない。発射の煙と着弾点の爆発が見えるだけ。この作品で砲弾が光って見えたのは、演出ではないか?

でも迫力が出ていたし、何が起こっているか分かるから、悪い演出ではないと思う。

戦争オタクではないから、戦車の性能に詳しくない。実戦がどのようなものだったかも分からない。小さい頃に戦友会で聞いた話から想像するに、映画のようによく敵が見えることは滅多にないのではないかと思う。お互いになんとか隠れようとするのでは?

煙や埃も凄いと思う。何が攻めてきて、誰が逃げているのか、隣が敵か味方かもはっきりしない状況も多いのではないか?

敵のタイガー戦車が平原の中に出て来てたが、装甲に優れた方はおそらく重いので、平原にノコノコ出て行くのはまずいと知っていたはず。たぶん実際は林の中、米軍側が動きを制限される場所に隠れ、火力と装甲版の勝負に持ち込むのが常道では?だから、この作品の戦闘は上手く行きすぎ。

地雷の性能、シャーマン戦車の頑丈さにも疑問。地雷の威力で、戦車の中の人間も死傷するくらいが普通ではないのだろうか?脱出口があったようだから、そこからの爆風で内部まで破壊されないのだろうか?

この作品の中で若い兵士と現地の娘が恋仲になっていた。でも、兵士がご婦人の家に乗り込んで、平和的に過ごすのは不自然。娘の態度も友好的過ぎる。実際には、かなりの強制的な事例があったと疑う。実際、作品中の同僚の言動はそれを暗示している。

リアルに深刻な現場を描こう、実際の戦争の問題点を表現しようとは考えてなかったように思う。部隊長が居残りを命じない場合は、実際にあるだろうか?普通、皆が逃げるか皆残るか、そのどちらかが命ぜられると思う。

さて、最後の判断。その場に残るべきか、退くべきか。戦車一台で戦えるレベルは知れていると思う。敵が対戦車砲を持っていたら、特に暗闇の中から撃たれたら、数回の攻撃でやられる。しかも、自分達をほっといて味方の部隊に攻撃されたら、自分達の戦いは無駄になってしまう。当時、戦車に対する武器はあったのか?

敵のトラックを破壊する意味はあると思う。敵の物資が減って、味方は戦いやすくなる。でも、普通は敵も逃げるだろうから、必ず戦果を挙げるとは限らない。一発目で成功しなかったら、ほとんど終わりと思ってよい。

敵としては、無駄に犠牲を増やすのは得策ではない。手榴弾と銃を組み合わせて戦えれば、動けない戦車は1時間も持たない。判断が良くなかった。兵士は分散させ、狙撃兵と対戦車砲数台で取り囲んで対応し、残りの兵士は重要な作戦に向かわせるべき。

敵の部隊が迫っていると解った時点で、味方への連絡を第一に考えるべきでは?

 

 

 

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