映画評

  • 当劇場は劇場主のための映画館です。訪問者を期待しておりません。内容の客観性、正確性は保障できません。でも、真摯な批評を目指します。

劇場主

  • 乙女座 AB型 どの占いでも最悪の運勢 内科クリニックやってます。

Conflict of Interest

  • 特にありません。

おことわり

  • 当劇場は誹謗中傷を目的としておりません。もし権利を侵害されたと感じられた方は、申し訳ありませんが管理会社や公的機関に御相談ください。

« 喜びも悲しみも幾歳月(1957) | トップページ | 新撰組(1969) »

2015年6月24日

ぼくたちの家族(2014)

Phantom

- 診断の手際 -

豪邸に住まう社長夫婦。子供が二人。記憶障害が目立つ母親が検査を受けたら、脳腫瘍が見つかる。余命わずか。しかも夫の会社は倒産寸前、妻にも借金、長男は保証人なので一蓮托生の運命、次男は留年中という状況。破綻寸前の家族であったことが判明・・・

・・・映画の題材として最高の話だった。実話を基にした原作小説があるらしい。設定も流れも非常にリアルで、出てくる医者達も実在感に満ちていて、経験者でないと解らないような細かい部分が再現されていた。

基調としては美しい家族愛に満ちた話で、協力しての努力の記録であり、奇をてらった奇想天外な物語でないから、笑いを期待して観る場合には向かない作品。今あるのか知らないが、学校や公的ホールで上演されるような教育的作品にも近い、極めて真面目な路線。家族で鑑賞できる映画と思う。子供でも理解はできるだろう。

妻夫木聡が長男役で、いちおうの主人公だったようだが、この作品では主に4人の主演者が、ほぼ等しい重要な役割を演じていて、4人主演のスタイルだった。

妻夫木の演技は自然で、ちょっと頼りなさそうな、うつむいたままの話し方など、演技演出上の工夫もあって、好感を持った。ただ、もう少し観客の涙を誘う役割を演じても良かったような気もした。引きこもり少年が大きな会社で普通に頼られているのは少々不自然。やっと採用されて、現在も非常に苦しい立場を懸命に維持している、何かあると直ぐに泣くくらいが良いのでは?

次男役も非常に上手い俳優。リラックスした話し方、素振りが非常に良い雰囲気。

父親役の長塚京三は話し方が紳士的で、こんな役をやらせると、これまた非常に上手い。ドスを効かせるタイプの社長だと他の俳優に代わらざるをえないが、決断力や実行力に欠ける人物、でも一定の社会的地位がある、そんな役には最適。中村雅俊も、最近はこんな役をよく演じている。

妻役の原田美枝子は、筆者の小年時代はグラマー、セクシー系の代表のようなイメージだったが、いつのまにやら善き老妻役が似合うようになってしまった。時の移ろい、ものの哀れをしかと感じるに至った筆者であった。

記憶障害者を演じた演技は、非常に感心するほどのキレのようなものは感じなかったが、テレビドラマの女優達の演技より高級な印象は受けた。異常なんだが、隠そうとしている、取り繕う、気づいていない、そんな逆の精神活動を表現できると非常にリアルになる。だから彼女が自分自身の障害に気づいて深刻な表情をすることが必要と思うのだが。

結局、病気の診断の手際が、家族に大きな影響を与えていたと思う。医者の能力や対処の仕方によっては、この家族の苦しみは多少は違っていたかも。最終的な病気の経過に関しては大差がなかったとしても、手際が良いか悪いかは、家族には大きな問題。

画像が何度か登場していたが、CTだけで診断しようという点が気になった。CTを見る自分の目に自信を持ってよいか、そこが大事。脳腫瘍には各種の画像上のパターンがあるようだが、あくまで傾向があるにすぎない。いかなる名医でも、CTだけで診断できるはずがない。

たとえ20年前だとしても、MRIは必須だろう。命に関わる病状が明らかな場合、診断は緊急性を持ってあたるべきで、少なくとも当日中か翌日くらいまでにはMRIを受けさせるべき。関東では検査を受ける際の便利が良くないのだろうか?

もしMRIの予約に凄い時間がかかるなら、とりあえず脳浮腫を治療することが優先される。ケイレン、ヘルニアなど起こしたら、検査どころではないから。その場合、検査を後回しにする理由を説明できないといけない。

知り合いなどから相談があった場合は、先にMRIを予約してから受診させたりしている。質的な診断が必要な時は、いずれにせよMRIが必要になるから、まず受けるべきで、その後に造影検査などを計画するのが普通。この作品の検査の流れは妙だった。明らかに脳出血の典型的パターンだったら、費用的な理由からMRIは省略すべきかもしれない。でも脳腫瘍の場合、CTもMRIも必須。

見えた限り、脳浮腫が明らかな画像だった。それなら、入院して減圧をまず試みることは正しいかも知れない。根本治療でないとしても、当座の危険性を減らせる。その点に関しては間違っていない。今でもステロイドとグリセオールだろうか?でも、同時に診断も進めないといけない。数日中にMRIは必要。

結局、診断の遅れが家族を迷わせた可能性はある。初診時の担当医には何かミスがあったかも知れない。紹介状の問題も妙。他の医療機関への紹介は断わるべきでないというのが常識。できない場合は、脳浮腫があるから動かせないといった説明は必要。たまに偏屈者の医者が紹介拒否したりするが、普通は患者の希望に従うだろう。

特に命の危険が迫っている場合はそう。延命はできても、完全治癒はできない病気の場合、総て患者側の希望に従うべきと思う。治癒が可能な場合は、かなり病院側の勧めもやるべきと思うが。

MRIでは何度か失敗した。

ちょうど冠動脈ステントが広まった時期とMRIが広まった時期は一致している。ステント挿入した患者を検査してよいか確定していなかった時期、予約したためにキャンセルとなって文句を言われたことがある。確かに当時は曖昧だったので、事前の確認が必要だった。

CTで髄膜腫が疑われる患者。つい最近のMRIでは問題ないと言われたとのこと。妙だなと思って、神経内科の診断を脳外科にチェックするよう依頼したら、神経内科の誤診が明らかとなってしまった。すると神経内科から怒りの電話がかかってきた。プライドを傷つけた結果と思うが、こちらに文句を言うとは・・・

その種のプライドは、勉強する上ではやる気につながって意味があるだろうが、診断や速やかな治療に際しては、この映画の例でも想像できるように、支障となる傾向がある。医者の感情、プライドを患者の利益のために捨てられるか、そのへんを改善するためには、絶えず医者を評価するシステムが必要だろう。

有能な医師でも、基本的に真摯な態度を保つ必要がある。間違わない医者はいないので、間違う可能性を絶えず認識し、独善的な治療の進め方に陥らないようにしないといけない。

 

 

 

« 喜びも悲しみも幾歳月(1957) | トップページ | 新撰組(1969) »