映画評

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2015年5月 1日

クレヨンしんちゃん オラの引越し物語 ~サボテン大襲撃~(2015)

Touhou

- 真意を理解 -

野原一家は仕事の都合でメキシコの奥地に転居。そこで新種のサボテンを使った商品開発をするのが目標。しかし、このサボテン、実は怖い力を持っていた・・・

・・・・去年の記録を見てみると、5月10日にクレヨンしんちゃんの映画を見ている。おそらく昨年も今年のも、連休に合わせて作られた作品だろう。筆者(劇場主)は完全に飽きている。

末っ子は小学5年になるから、そろそろ他の映画に興味を示しても良いのではと心配しているのだが、「名探偵コナン」などより、この作品が良いらしい。時間を無駄に使っていることに苛立ちを感じながら、やむをえず劇場で鑑賞。

今回は思い切ったストーリーに驚いた。おそらく企画会議で新しい映画の計画を練る時に、もはや春日部が舞台の作品ではネタがないという意見が大勢をしめたのでは?画期的な展開を図ったおかげで、友人達との別れが非常に感動的になるという効果があった。

しかし、普通、盛り上がりは後半に向けて取っておいたほうが良いようにも思う。演出の流れ、観客の感情の変化のさせかたをシミュレーションすると、この作品の展開には疑問を感じた。なぜ展開に無理をしているのか?その疑惑は、やがて解明されるのであった・・・

キャラクターとして、町の町長の存在意義が一番大きかったと思う。悪役だ。町の経済を優先し、住民の安全を無視して事業を続けようとする。つまり、その点で典型的な政治家のキャラクターを展開していると言える。先日の選挙でも、候補者達は皆似たようなことを言っていた。・・・さては、この作品はアイム・ノット・アベの路線をこっそり喧伝するための陰謀映画だったのか!

過去のシリーズでは、およその場合、妙なキャラクターの変態か、性格がひねくれた富豪などが登場し、謎の軍団を作って春日部の町を襲い、大人達が操られ、しんのすけ達子供だけが生き残って戦うというのがパターン。つまり人間の妙な親玉が存在していた。今回は、味方の中にそんな足引っ張り役がいたとは!

まあ、産業育成、企業誘致などとスローガンを出した奴らのほとんどは単なる汚職議員だったりして、結果的に町の足を引っ張り、騒いで引っ掻き回しただけに終わることが多いので、その点を的確に表現した演出は見事と評せざるをえない。スタッフの陰謀を悪く言ってはならない。見事だったよ。

いっぽうで注意しないといけないのは、サボテンに目立つキャラクター、言葉の発声がなかったこと。もしあると、この作品の質を落とすという配慮があったのかもしれない。巨大で、悪意に満ちて無茶苦茶で、数が多くてタフな敵というと、直ぐに某国などを連想されてしまう。それを破壊することに少年達が快感を感じたら、無用な攻撃的精神構造ができてしまうかもしれない。そこを、ちゃーんと考えていたのだ。

もちろん、圧倒的な悪意に対しては戦わないと生き残れない。ただ食われていては話にならない。でも本当の敵は、さも町を憂うかのようにして住民の幸福を侵害する町長のような連中なのじゃあという洗脳を、この作品は企画している。そこを覚悟の上で、この作品を鑑賞しないといけない。

我が子がレジスタントになって、政府から追及を受ける立場になっても応援する。そこまでの覚悟がないなら、この作品を子供に見せることは止めたほうがよいかも。戦いは辛いものだから。就職の便宜をはかるなどして、町長のような人物は自分の手下をどんどん作っていくのだ。職の誘いを断わるのは、覚悟がないとできない。

この作品を鑑賞する対象者として望ましいのは、まず少年少女。ついで票を持つが、平成27年度の統一地方選挙にはシラケて投票に行かなかったアホウな若者が挙げられる。恋人を連れて行くと呆れられてフラレルから、独りで鑑賞したほうが良い。

大人は、この作品の真意に気づくのも難しいだろう。もはや手遅れ。アンポンタンどもは国を滅ぼしているのが自分であることに気づかないまま、この偉大な作品を見逃してしまうであろう。

後世の歴史家は、この作品を評してこう述べるに違いない。「圧制、管理社会の復活、富国強兵、グローバリズム讃歌の路線に対し、秘かな反骨精神を表現し、やがて数十年後のレジスタントの形成につなげた記念碑的映画。」と。

マリアッチという、ジゴロ風のギター弾きも結構活躍していた。歌も非常に上手く、本職の声優、歌手ならでは才能を感じた。いっぽうで、わざわざ設定したと思えるスマホちゃん役の指原莉乃の声優ぶりは、素人にしては上級といった程度で、本職には敵わないと感じた。キャラクターとして、他のメンバーから浮いていた。

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