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2015年5月 7日

はじまりのみち(2013)

Syoutiku

- 間違わないために -

木下恵介監督の若かりし頃の物語。仕事を干された監督は傷心のまま故郷に帰る。病身の母親を連れて田舎に転居するが、交通手段が限られていた・・・

・・・実話が元になっているそうだ。衛星放送で鑑賞。

テーマは家族愛と反戦、芸術家魂。子供向きの映画ではないと思う。でも家族で鑑賞してもまずくはないだろう。

今なら病人を移動させる場合は車を使うが、それでも結構手配に苦労する。救急車は県境を越えると面倒らしく、断わられる。当時だと、基本は「移動は無理」という判断に終わるだろう。寝たきりの人たちは、例えば空襲の場合にどんな結果になったのか、想像するのも怖ろしい。

リアカーに載せて親を運ぶというのは今では考えにくいのだが、当時の場合は他に手はないようにも思う。ガソリンが極端に不足した時代だから、仮に金があって燃料を入手できたとしても、車を使うのは気が引けただろう。

昔の脳卒中は、おそらく何もできないまま、寝たきりに陥るケースがほとんどだったと思う。昨今は麻痺を軽くする方法が色々開発されてきたが、ほんの数十年のこと。長いこと、基本は何もできなかったはず。病気に対し、どんな理解をされていたのだろうか?

担当している患者さんで、驚くべき人がいる。初回の妊娠時に脳出血を起こしたらしいのだが、半身麻痺はあるものの、その後二人の子供を出産して、子育ては家族が団結して乗り切った方がいる。たぶん被核出血と思われる。根性が凄い。麻痺のある人が子作りした勇気に恐れ入る。命を懸けていたに違いない。

主演は加瀬亮で、非常に痩せた体型は当時の青年を演じるには最適だし、純粋そうな雰囲気が役柄に向いていた。彼が軍部に対して怒り、どうしようもなくて情けない表情をする時、本当に当時の青年のような雰囲気が感じられた。

共演者の中ではユースケサンタマリアが兄役を演じていて、これが意外に上手い演技ぶり。濱田岳の人足役は当然のごとく上手いのだが、兄役のほうも非常に良い雰囲気を出していた。

途中で何度も木下監督の作品が挿入されていた。画質が非常に良いのはリマスタリングされていたからだろう。興味を持って見れたが、でもさすがに長すぎたかもしれない。監督への敬意は感じられたが、この作品の完成度は落ちてしまったと思う。

木下監督はホモクシャルだったのではないかという噂があるようだ。もしそうだとすると、女性に対する感覚は普通一般とは違うかも知れない。唯一の異性とも言えるので、母親とは通常以上に深い結びつきがあったのかもしれない。

映像が非常に美しく、カメラの性能が感じられた。美しい木々の緑、川の映像が素晴らしい雰囲気を出していた。風景を見るだけのために映画を見る人は少ないと思うが、この作品の映像は本当に美しい。

ただし、映画の題材として選ぶ場合に、この物語は特に良い選択枝だったのだろうか?と、疑問には思う。監督の心情には同情できるし、当時の人達全てに想いをはせることもできる。ただ、大きな事件があって涙なしに観れないと言えるレベルの話ではないように感じる。最初からマイナー路線の話ではないか?

反戦映画としては良い題材。確かに「陸軍」の映像では母親が長々子供を捜していくシーンがあり、女々しいと言えばその通り。でも、今の時代の感覚では軍が嫌悪感を感じるほどの表現とは考えにくい。偏った了見の持ち主が幅を利かす時代だったのだろう。過剰反応していたと思う。

軍部が監督に対して出した対応は、おそらく先鋭化した立場の人間の考えとしてはもっともで、生真面目に考えたら、母親の気持ちを大きく扱う映画は許容し難い。それよりも戦意高揚が大事なことは確かだ。でも、作品のレベルや観客達の心情を思うと、さまよう母親を描くことは善き選択。大真面目な考え方が、間違った結果を生むパターンを、的確に描けていると思う。

今だって似たような反応は多いと思う。例えば、景気低迷からの脱却が大事というプロパガンダが優勢になると、冷静に反論することを許さない態度が浸透してしまう。良い反論が出た場合も、説得力あるなあと思っても無視し、無力化させようという反射が起こる。・・・反論が正しくとも、議論に熱が入って行動が疎かになり、成果が得られないのは空しい・・・そんな経験的意識が働く。

そんな意識に自己保身の意識が加わると、反論する人間は無視され排斥され、やがては命がないという社会に陥る。かっての軍事政権や共産圏、過激派もそうだ。日本だけじゃない。

目的に向かって一丸となる性格は、悪いものではない。ただし、長期的には冷静さを失わないならという条件も忘れてはいけない。だが、その大事な点が簡単に忘れられる。当時の軍部が良くなかった点は覚えても、先鋭化した意見に走らないための常識は忘れられる。

木下監督の作品を鑑賞してみたい気になった。

 

 

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