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2015年5月28日

皇帝のいない八月(1978)

Syochiku

- アイディアは良い -

寝台特急に乗り込んだ男達は、クーデターを計画する元自衛官だった。彼らを阻止しようとする官邸、元商社員、首謀者の妻などが絡んだ物語・・・

・・・自衛隊をめぐっては、昨今は風向きが変わった。もはや架空の作品がどうだと論じていても仕方ない現状。気になって、この作品を鑑賞。DVDがひとつだけ棚に置いてあった。公開当時は結構な評判だった気がする。三島由紀夫事件が強烈な印象を残したから。

でも残念ながら、この作品はテレビドラマ並みの出来栄えではないかと感じた。映画にしては雰囲気が少し安っぽく、二級の刑事ドラマのような印象。いろいろな設定もおかしい。ただ、暇つぶしの午後のドラマとしては、とにかくアイディアが素晴らしいので、かなり高級品という印象。ラストの結果も、そこらのドラマとは全然違う。野心作、意欲作。

今の子供には全く受けないはず。やはり古めかしい。大人でも、おそらく同じように感じそう。自衛隊を取り巻く環境の変化で、今後こんなビデオは発禁処分、ビデオ屋からも消えてしまいかねないので、今のうちに観た方がよいかも・・・そんな憶測以外の目的では、この作品は勧められない。

まだ若い吉永小百合や、風間杜夫、永島敏行などが出演している。彼らを見るためだけなら価値がある。でも演技と演出は期待しすぎないほうが良い。

この種の映画の必須アイテム的な俳優が山本圭。でも、彼の役は必須ではなかったように思う。実際、あまり活躍していなかった。彼の存在がストーリーの上では無理を来たしていたように思う。

吉永小百合もおかしい。拉致され、そのまま奥さんになって納得しているなんて、イスラム国なみの発想。そもそも拉致される設定は必要ないし、現実味のない個性だった。

「皇帝のいない八月」という曲は、この作品以外では聞いたことがない。架空の曲らしい。良いタイトルだった。八月は、おそらく8月15日を意識していると思う。終戦で国民の意識が変わり、純真さが失われた面は確かにある。敗戦で皇帝を失ったという落胆、衝撃も表現できる。社会の体制が変わったことへの感情を文芸で表現した上手いタイトル。

首相役は腹黒く、上手く立ち回り、なかなか良い個性だったが、黒幕の大物代議士のほうは怖さを前面に出したほうが良かったかも知れない。最後まで黒幕であることが分からないほうが良いし、シラをきって生き残り、隊員達を見殺しにするほうが怖い。

高倉健と渡哲也といった大スターが堂々と渡り合ったほうが、究極の対決の構図になって盛り上がったような気がした。捜査側と、隊員側の中心は、大スターでないといけない。

さて現実の話・・・・

今の国会では、海外派兵を目指したと思える方向で、法律が改定されようとしている。元々の法律が無理していた点を是正しているといえばそうだろう。旧来の規定で行動しにくい曖昧さを除き、活動範囲を明確にするといった点では確かに整備は必要。そもそもグレーゾーンなど、あってはならない。

現実的に、米軍が希望することに異を唱えるのは難しい。派兵しろと要求しているのなら(本当のところは分からないが)、たぶんその通りに事は進むだろう。

また考えようによっては、この種の問題に国会での議論は相応しくない気もする。仮想敵国を相手にして、どんな事態が起こりうるか考え、いかなる場面でも対処法が決まっていないといけない。それを国会で論じたら、敵は間違いなく抜け道を攻めてくる。戦略の部分は、密室で決めるのが原則かも。

その視点から言えば、ほとんど審議がないまま法案が通るのも悪いことではないかも。戦いの方法は専門家に任せないと仕方ない。防衛省を、どのように規制するか、そこの点だけが大事かも。今回の法案の文面は読んでいないが、おそらく曖昧なことしか書いてないはず。防衛省が決める内容が大事だろう。

審議の仕方が問題。実質的には審議にならないなんて・・・審議より前に、国際公約しちゃってる。確かに与野党が伯仲していないかぎり、内容がおかしくても多数決で押し切れるのは確実。なし崩し的に改定できる状況を作った選挙結果が、思慮の足りない選択。

安定多数なら、このような法律を作ることは確実。だから選挙の際は、いかな好景気になろうとも、与党に絶対多数の票を与えないくらいの知恵は望まれた。微妙なバランスが必要。議席から考えて、もはや議論にならない。国会には議論が必要。

いっぽう、安倍氏側としては選挙で勝ったのだから、当然法律の改定を目指すべきだ。作品では首相の派閥は多数派でなかったが、もし多数派だったらどうなっていたろう。戦況の変化によって迅速に決議すべきことが増えると、野党に発言させないといった過激な意見が増えて、民主的にクーデターが成立する可能性だってある。

自衛隊の利害と国の利害、経済界の利害と国民の利害が食い違うような時に、例えば政治家の誰かが黒幕~傀儡となって、自分を首班とした政府を作る誘惑に駆られないとも限らない。作品の中でも、与党の代議士がそれをやっていた。ある意味、有効な議論なしに法を変えていくのは、クーデターと似ているとも言える。民主的手法によるクーデター。

自衛隊が海外で広く行動するようになると、隊員の犠牲が増えること、紛争当事者になる危険度が増すこと、敵対関係がより鮮明化することなど、問題が顕在化、深刻化することは確実。ちょうど帝国主義の時代に、日本が凶悪な帝国主義に陥ったのと同様、周囲のヒートアップに日本も同調していくことは間違いない。‘普通の国’になるということは、たぶんそういうこと。

日本でもクーデターが発生する可能性はある。起こった場合、後の処罰からの抜け道が絶対にないよう規定する必要がある。今の国会審議より、そっちのほうが、よほど重要。クーデターの際は、民主的な手続を経たという工作を必ずやる。テロリスト側に勢いのある間は、動きを止めることは無理。その後に逆転できるかが大事。

クーデターに抜け道がない、民主的手続の有無に関係なく、やがて処罰されるのだと分かる規定が大事。禁固刑などの普通の処罰は、過激派には効かない。百%財産没収、恩赦なし面会無しの禁固刑・・・そんな非人道的刑罰が必要。

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