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2015年4月19日

僕達急行 A列車で行こう(2012)

Touei

- 雰囲気だけ -

不動産会社所属の小町と、鉄工所勤務の小玉は、鉄道が趣味で意気投合した。二人は転勤や会社の資金不足と、互いの恋愛に関して悩みを抱えていた・・・

・・・・衛星放送で鑑賞。登場人物には列車の名前が付いている。ギャグの意味だろう。かなり徹底した鉄道オタク映画。興味のない人間には意味のないギャグもあり、一般受けするとは考えにくい企画だと思う。これが森田監督の遺作らしいが、だとすると寂しい。

この作品には悪役がいなかった。ほんのりとした雰囲気で、にこやかな人物同士が会話する場面が多く、対決、勝負の要素がほとんどない。恋愛関係も少し発生するが、会話のシーンくらい。濡れ場らしい場面は全くなし。こんなんで良いのか、少し疑問。

全ての映画に濃厚なラブシーンがなくても良いだろうから、こんな作風があっても怒ることではない。ただ、金を払ってこの作品をわざわざ観る客を想像しにくい。鉄道オタクであっても、映画には大きな物語を要求する観客は多いかも。映画は映画、鉄道は鉄道。

主演は瑛太と松山ケンイチ。瑛太のほうは彼独特の髪型をして、かなり女性的な輪郭。性格的にも非常に大人しい。松山のほうは髪型はスポーツ刈に近いが、こちらもまた大人しく、出世に燃えてそうな感じなどなし。両者とも肉食系の気配なし。

いまどき男子の理想形は、このような個性なんだろうか?

ただし鉄道オタクは、いまどき流行の最先端ではない。多くの人たちが時間として最も大きな比重で使っているのはメールやSNS、モバイル端末でのゲームではないか?趣味に使う時間をも奪っている気がする。それでもサッカーやサーフィンなどはメジャーな趣味。鉄道趣味はあくまでマイナー路線であろう。

雰囲気だけとれば、彼らのような若者がメジャーかも。生活臭のない、大人しい男子。でも一時期の就職難の影響で、かなり厳しい競争意識や焦りを漂わせる人も多いような気もするし、格差に打ちひしがれた人も多いように思うので、千差万別かも知れない。彼らは勝ち組にあたるかも。

時々、男二人だけが遊びに出かけてる姿を見る。目的はガールハントかな?あいつらモテそうな顔してないから、連れて行く女がいないだけか?ついつい、そんな評価を下してしまう。家内などは失礼にも、「あんな野郎になってはいけない。」と、子供に説教している。彼らもそんな視線を感じて、目線を合わせない。

この映画の二人も、おそらく同じ車輌内の客からは、そのような視線を向けられていたに違いない。あるいはホモセクシャルだろうと想像されていたりもするだろう。彼らは少なくとも旧式の観点によれば理想ではないと思う。

彼らに共感はできなかった。魅力的な生き方とは感じない。ガツガツしていない点は良かったが、あまりに偶然の幸運が多すぎると思うし、現実感のないキャラクターで、憧れの対象になりにくいのでは?鉄工所は経営破綻寸前、松山の仕事には何も進展がないのが普通だ。

できれば、もう一人くらい、同じ鉄道趣味だけど、何かに失敗して会社をクビになるような仲間がいたらどうだろう。彼への態度で、もう少し思いやりや連帯といった通常の友人関係にある要素が増す。普通の青春モノになってしまう欠点もあるが、現実感を取り戻す効果はあったのでは?

幸運を期待し、趣味に生きる、好きな方面で交流を拡げるのが理想・・・確かにそうではあるが、現実としては会社の論理、会社内の人間関係のほうが重要なことが多い。それに引きづられてはいけないんだが、現実社会にそうそう幸運はない。

ただ、現実社会を正確に写しても、気晴らしにはならない。そんな映画をあえて観たいと思えない。夢の話として、生活が極めて安定しているなら、趣味に重点を置くのも大事。人間らしい生き方は、その人の魅力にもなる。

共演の女優陣には貫地谷しほりらがいたが、大恋愛には至らなかったので、彼女らにも思い入れは生じなかった。それなりの魅力をほんのりと漂わせていただけの印象。実際、よい娘はさっさか去ってしまうものだ。

この作品の狙いがよく分からなかった。何か暗示しているものでも見逃したのか?お伽噺を作ろうと考えただけだったのか?

筆者もお伽噺は嫌いではないが、現実感のある話のほうが好きだ。怪物が出てこようと、宇宙に飛び出そうと、登場人物に現実感のある物語が欲しい。その点、この作品は雰囲気に酔いすぎていたように感じた。

趣味を通じて人間関係を拡げることができたら素晴らしい。その点は、この作品で再認識した。飲み明かすような濃厚な関係でない点が、昔ながらの友人関係とは違っていたが、濃厚な関係は学校や職場でないとできにくい。そして職場の人間関係は、昔とは違う。今は管理や規則がやかましい。

筆者(劇場主)も子供の頃には趣味がいろいろあった。切手も少し集めたが、資金力に限界があって長続きしなかった。コインも相当頑張ったが、同じく希少価値のあるものは子供には手が出ないから、諦めが必要。化石採集もかなりやったが、これは遠出できる範囲に限界がある。

魚獲りは一番の娯楽だった。趣味と言えるかもしれない。臭いや魚の表情のようなものも鮮烈に覚えている。これは近所の子供に共通する遊びで、大物を捕まえれば極度の興奮が味わえ、最高の娯楽だった。手で触った魚の感触、逃がした時の落胆、獲物の自慢、あの時の感覚が懐かしい。しかし、鉄道のように続く遊びではない。大人になって川魚を採っていたら頭がおかしいと思われる。

暇になったら陶芸などやってみたいが、おそらく無理だろう。運動関係の趣味は、関節や視力の関係で無理。鉄道は確かに良い趣味だろうが、時間的に難しい気もする。まだまだ子供の相手で余暇は完全に消えてしまっている。20年も子育てしているから、他が何もできていない。

子育てが趣味か。

 

 

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