映画評

  • 当劇場は劇場主のための映画館です。訪問者を期待しておりません。内容の客観性、正確性は保障できません。でも、真摯な批評を目指します。

劇場主


Conflict of Interest

  • 特にありません。

おことわり

  • 当劇場は誹謗中傷を目的としておりません。もし権利を侵害されたと感じられた方は、申し訳ありませんが管理会社や公的機関に御相談ください。

« マレフィセント(2014) | トップページ | フライト・ゲーム(2014) »

2015年3月29日

名もなく貧しく美しく(1961)

Touhou

- 20世紀資本論 -  

聾唖者の二人が結婚し、戦後の苦しい時代、経済的に苦労しながら子育てに奮闘する様を描いた作品。実話が題材になっているそうだ。DVDで鑑賞。リマスタリングについては確認しなかった。画質はよろしくなく、この作品より前に製作された他の映画のほうが、もっとよく見えるような気もした。

名もなく貧しく美しい・・・おお、筆者のことか?・・・・いや違うようだ。当たり前だが。

戦時中に聾唖状態というのは非常に怖い話。爆撃機が襲ってきても気づかないかもしれない。普通の人間でも恐怖におののくと思うが、聾唖者の恐怖は想像を絶する。大きな爆発は振動で感じることもできるが、危機が迫ることに気づく反応は遅れるだろう。盲目よりマシかもしれないが、いずれにせよ知覚障害は怖ろしい。

聾唖者の記録としてはもちろん、一般的な日本人の戦後の生き様を良く描いていたと思う。美しい物語。

そもそも不思議に思うのだが、終戦前に多数の家が財産を破壊されたはずなのに、よく復興できたものだ。復興自体が経済的に大きな動きになるから、いろんな産業に波及して購買意欲、ローンの意欲、ガムシャラな勤労意欲につながったとは思うけど、どこも廃墟という情況から、そう上手く復興できるなんて、やはり信じがたい。

金融がある程度は発達していたし、政府も存続していたから、融資も公的投資も可能だったことで、金が上手く回れた点は理由だろう。無政府状態だと、金融業も無産階級の一般人に融資はしないはず。多少の預金や土地の権利も、個人個人が何か事業を始める際に役立ったろう。まったくのゼロからでは、復興は遅れたはず。

担保と融資、投資といった金の流れは単なるシステム、概念のようなもので、それだけでは実態を伴わないのだろうが、それがないとダイナミックな復興は無理。この作品は、20世紀の破壊と復興の記録、20世紀資本論と言える・・・かな?

沼田曜一が悪い弟役で出演していた。子供時代には御馴染みの、懐かしい俳優。個性的な顔が、いかにも役者に向いていた。母親役の原泉、姉役の草笛光子も堂々とした役者ぶりで、充分に自分の役割を果たしていた。 

ヒロインの高峰秀子は他のスターと違って、大女優の顔をしていない。近所のおばちゃん達とそう変わらない。女優の多くは華があって、日本人離れした目鼻立ちの方が多いが、彼女は純日本人の顔つきで、表情も目立たない印象。怒っていても目がぎらつかないので、外国人には感情が読み取りにくいかもしれない。なんでスターになったのか?と、疑問に思っていた。

特に「24の瞳」の先生役でそう感じた。あの作品は画質が悪すぎて、役者の顔がほとんど分からなかったからでもある。でも今回の作品を観ると、彼女の良さが非常に分かりやすかった。おめめパッチリタイプの女優がこの役を演じていたら、おそらく演技過剰になってしまい、観客の一定割合はシラケてしまうと思う。そこらのお母さんのような風貌の彼女が懸命に生きる姿には、大半の日本人が共感する。リアリティの面で、彼女は実に素晴らしい。

聾唖者と深く関わったことはないが、診察にやってくる人たちは声の抑揚に独特のものがある。高峰の声質は、それを見事に再現していた。おそらく実際の会話を見て聞いて、練習していたのだろうが、それを実に自然にやっていた。オーバーになりすぎていなかった。

演出も非常にリアルに徹していたと思う。子役のセリフは如何ともしがたいとしても、しかられてゴロゴロとカーテンの陰に隠れたりする仕草は、実際の子供を見ていないと思いつかないもの。言うことを聞かない態度、おねだりの時のセリフ、おそらく自分の子供達の様子からヒントを得ていたのだろう。

所々に、絵になるシーンを作った部分はあった。二人が会話する最初の日、電車が行きかう中での会話は、普通の人との間なら聞こえなくて不可能だが、手話の二人なら関係ない。そして会話は幼稚な内容ながらもプロポーズであり、幸せな内容。良いシーンだった。

別れを切り出した妻と、彼女を探した夫が電車の二つの車輌の間で会話するシーンも、手話が中心。あれも心温まる内容だった。ひょっとしてと思ったのだが、小林桂樹ではなく、二枚目の俳優が夫役だったら、この作品はとてつもないラブストーリーになっていなかったろうか?あの二つのシーンを観ていて、そんな印象を受けた。この作品は、もしかすると意外に最悪のミスキャスティングをしてしまったのかも。

この作品は、観客に勇気を与えると思う。特に同時代を過ごした方達にとっては、涙を誘う映画だろう。

どん底に近い境遇の人たちが、懸命に耐えて幸せをつかもうとする姿を見ていると、自分の境遇がいかに恵まれているか、そして間違った価値観に捉われているかに気づく。彼らを軽んじている自分の態度を反省する。自分も彼らを見習って耐えられるはずと勇気をもらう。健全さが目立つ作品。

ロケ地も相当よく選んでいたようだ。どう観ても終戦時としか思えないバラック街は、リアル過ぎる。まだ再開発前の場所を探したのか?大がかりなセットを作ったのか?

今の子供には、残念ながら受けない作品だろう。画質に難があるし話が暗すぎる・・・そんな理由で、よほどの演出をしないかぎり、このストーリーは受け入れられない。韓国ドラマ風に作り直せば、かなり感動を生むと思うのだが・・・そして彼氏彼女のうち、彼女の方には受けそう。

ハンデを抱えていても、貧しくとも美しく、それなりに幸せに生きていけると信じたい。ただし、大いなる不幸は問答無用で襲ってくるもの。ハゲタカのような20世紀型資本論者や、過激派、侵略者達には通用しない考え方であるのも間違いない。

そこまでいかなくても、世間の無視や過激な対抗心、野心、支配欲に満ちた悪意の人間は多い。とことん不幸に耐える覚悟がないと、騙され脅され盗まれる現実に立ち向かえない。

« マレフィセント(2014) | トップページ | フライト・ゲーム(2014) »

無料ブログはココログ