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2014年12月 9日

ホタル(2001)

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- 昭和を引きずり・・・ -

特攻兵だった主人公は、戦後も特攻の過去を引きずる。妻の病状が悪化し、天皇の崩御を機会に仲間の一人は何かを決意したようだ。また、韓国人特攻兵の遺品を遺族に届けることを頼まれ、苦慮する主人公だった・・・

・・・重いテーマを扱った作品。11月25日のBS放送で鑑賞。高倉健特集のひとつだった。

高倉健でないとやれない役だったと思う。高倉は昭和6年の生まれだから、幼少時は軍国少年だったろうと想像する。特攻兵の役は、同世代に近い人物を演じることになり、今の若い俳優達が演じるのとは感覚的に違ったものがあると思う。

でも思い入れが強すぎると、軍隊礼賛になってしまったり、極端な反戦主義から兵隊を軽蔑する姿勢が強くなってしまう。演出も演技も非常に難しい。それでも特攻の問題は、昭和の終わりには考えてみるべき・・・そんな意図が感じられた。

自分の過去を誇らしげに語らない人物を演じるに、高倉健以上のタレントはいない。彼も若い頃は二枚目で、そんなに良い老け役になりそうな予感はしなかったが、渋く齢をとることに成功した。寡黙でたくましい俳優はたくさんいるとしても、役歴やイメージの面で高倉健が圧倒的なイメージがある。彼の元々の個性や生活ぶり、自制的な態度が可能にした成功だろう。

珍しいように感じたが、鶴を眺める主人公が「鶴に負けてはいられない。」といって求愛ダンスを真似るシーンがあった。はしゃいで妻を笑わせようとするが、重いテーマの作品の中で救いとなるシーンを入れたかったのだろうか?高倉健がギャグめいたことをすると、普通の俳優がするより印象が残る。あのシーンの前に、「ああ、あれは求愛ダンスだな。」といったセリフがあると、もっと良かった。

妻役の田中裕子は、私のイメージでは年齢的に高倉とは合わない気がするのだが、演技力や独特の笑顔など、他の女優にない魅力を使うために、高倉とのコンビが出来上がってしまったのだろう。

ただし、この作品では若い時代の御両人と現在の二人の風貌が全く違っていた。適当な俳優がいなかったのだろうか?少しでも似た人を選ぶべきだったと思う。たぶん、外人が鑑賞する時には何かテロップのような手段で解説しないと、とうてい理解はできないだろう。

特攻作戦・・・悲惨さの極限。もともと人道を無視した軍隊の行動の中でも最悪の作戦。でも映画の題材としては逆に最高になる。問題は描き方。軍隊礼賛になるか、徹底批判になるか、何に焦点を当てるか、何を演出するかによって正反対の映画が出来上がる。

「永遠のゼロ」と、この作品。作り方や感じ方がかなり違うことは直ぐ感じる。同じテーマを扱っているはずなのに・・・

元特攻兵であっても、考え方は様々だろう。当事者でも、正確な事を話せるとは限らないと思う。彼らなりの脚色を含んだ証言になってしまうことは避けられない。ただ、仮に旧日本軍を礼賛する人たちでも、さすがに特攻作戦は無謀で意義が低いとは感じると思う。犠牲になった若者達への思いは、右翼も左翼もそれほど違わないと思うのだが、その描き方は随分と違う。

兵士が納得して出撃したように描く映画があれば、ただ無駄にやられるシーンばかり写す作品もある。敵の船に当たるシーンと、失敗して海に落ちるシーンの比率は重要。船に当たるシーンが多いと、作戦はかなり成功していたと肯定的に表現することになるが、ほとんどが撃ち落されるなら無茶な作戦だったことを訴えることになる。実際の割合は実証が難しいから、つまり史実通りというも無理。描き手によって如何様にもなる。

そのへんのバランスに関して、この作品は異質な印象を受けた。監督は左翼支持で有名な方らしいが、特に軍部を攻撃するばかりというイメージは受けなかった。責任問題より、兵士達への追悼に焦点を絞るために上官を登場させなかったのが正解だったように思う。悪役の上官を登場させて特攻兵を殴らせたりしたら、救いようのない作品になってしまう。この作品は追悼がテーマであるから、恨みは排除すべきだった。

恨みを主体に考えるのが悪いとは言えない。犠牲が激しかった人に「恨みを捨てて追悼しろ」「賠償は済んだ、協定を結んで処理済みだ」などと言えるのは、やはり反省が足りないのだろう。相手方に突っ込まれないためもあるのだろうが、自分を正当化しようとしているのは間違いない。

恨みが消えていない人達からすれば、この作品の高倉健でさえ、いい格好のしすぎで許し難いものかも知れない。美化が足りないと感じる人と、どうせ許さない人の双方から攻撃される、それが戦争に絡んで引き起こされる。

生還できた兵士達や整備兵のインタビューを読むと、志願するように仕向けただけで、実際には逃れようのないように巧妙な手順を踏まれ、命令されて特攻兵にさせられていたようだ。いかに勇敢な兵士であっても、生きて帰ることすら許さない作戦は、さすがに納得が難しい。

実社会での話。犠牲になろうという精神は、日本国内でも多く見かけるものではない。道を譲る、対向車を入れてあげるような簡単な場面でも、酷い自己中心的な人が多い。人を助けようとして自分が犠牲になる人の話はニュースになるが、それは要するに多くないから。軍人だけは皆が犠牲に耐えるとは考えにくい。醜い場面も多かったはず。昔も今もそうだと思う。

朝鮮半島出身者の特攻兵がどれくらいいたのか知らないが、彼らの心境は計り知れない。彼らも徴兵されていたのか志願したのか、それすら知らないのだが、少なくとも逃亡することは出来なかったはずで、不運、矛盾、憤り、諦観が彼らの心を苛んだことだろう。

悲劇的な兵士達を象徴する存在として、ホタルは最適な題材だった。いかにもはかない運命をイメージさせる。「火垂るの墓」に使われたように、ホタルは死者を思わす重要な要素で、サクラもそうだったが非常に印象に残った。

ただし、夕方でもない時間にホタルを飛ばしたシーンがあり、さすがに無茶な印象も受けた。大事なシーンだから、夕方まで待って撮影すべきだったのでは?カメラの技術は実に素晴らしい映画なんで、暗い海を背景に主人公が語るシーンなどは抜群に鮮明な撮影をしていた。ホタルのシーンも同様にやって欲しかった。

途中でシーンが急に変わる点も気になった。東北の風景から鹿児島のシーンに急に変わる妙な展開があった。それぞれのシーンが素晴らしくても、展開には一貫性がないと理解し辛い。「あなたへ」でも、そんな傾向があった。編集者だけが解るような編集では困る。また、桜のシーンや少尉が話すシーンが二度ほど繰り返すのも妙だった。印象的なシーンにするためには、あまり繰り返してはいけない。

昨今のアラブのテロリスト達がやる自爆行為。敵の兵士に限らず、一般の民衆も犠牲にすることを厭わない点が理解できない。かっての日本軍や各国のゲリラ達も相当な数、自爆をやっていたようだ。今のテロリスト達の頭の中で、どのような決心がなされているのか、そのへんが理解できない。

日本軍がやった中国への爆撃も無差別だったらしい。だから少なくとも日本軍が常に一般人を守ったとは言えない。特攻は主には敵の戦艦を狙ったものだったが、精神面においては特攻と今のテロを全く異なると断言できないかも知れない。「全く違うものだ!」と強弁する人もいるが、人命無視、非道で無茶な点など、類似点も間違いなくある。

 

 

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