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2014年12月15日

ブリキの太鼓(1979)

Uaetc

- 悲劇を喜劇へ -

グダニスクに住む少年の物語。少年は大人の世界を嫌悪し、自ら願って成長を止めてしまう。太鼓のおもちゃを常にかたげて、声でガラスを割る特技を持つに至る・・・

・・・カンヌ映画祭でグランプリを取った作品。非常に有名だが、初めて鑑賞。DVDになっていたのか知らなかったからか、たまたま目にかからなかったからか?

主演の少年役は、実際にも成長障害がある方らしい。この役は本当の少年では難しいだろう。今日ならCGで如何様にもできるだろうが、79年当時は実写でやるしかなかったのだから。主役を見つけることが、作品の成功につながったように思う。

実に芸術的かつ、映画的というべき映画だった。元々は原作の小説があるそうだが、この少年の見た目が最大の重要要素であり、見た目だけで訴える力は充分にあった。原作の着想も素晴らしかったと思う。戦争や民族対立ばかりを描いても、観客は耐えられない。子供の成長や市民の生活のリアルな部分を描かないと、面白くならない。

スカートの下に逃げ込む話、少女との性交渉などポルノチックな場面もあって、実際にR指定がついたりしたそうだ。確かに教育上の問題も多少ありそうな印象はある。基本的に子供が観る映画ではなさそう。でも喜劇的で悲劇的なシチュエーションを生まれながらに運命付けるためには良い話。

子供が自分の初恋の人の情事を発見した時は、もしかすると映画のように行動するかもしれない。わけの解らない事態に遭遇すると、滅茶苦茶な反応をとる。大事な物を奪われたという喪失感や、怒り、焦りなどが混乱し、太鼓でもたたいて叫んでしまってもおかしくない。

酷いイジメを受けるシーンもあった。子供は残酷だから、おそらく本当にああされても不思議ではない。あのシーンはノスタルジックな面もないわけではなかったが、あまりにも酷かった。筆者はさすがにカエルやヘビを食ったり食わされたことはない。でも同級生には相当数いたのでは?

主人公の母親の生き方も凄い。人間らしいと言えばそうだが、演じていた女優の逞しそうな外見も役柄に合致していて、非常に存在感があった。肉欲にあふれ、生命力や本能の面では圧倒的な力が感じられた。ピアノを弾くのは彼女の生活ぶりから考えると無理があるような気もしたが、弾き語りで文句を言うなんて、ポーランドの女性は流石だと、妙に感じ入ってしまった。

サーカスでいっしょになる小人達とのシーンでは、団長から礼儀正しく格調高い会話が交わされていた。あの狂った時代から完全に浮いた彼らは、むしろ正常で美学を持っていたということか。上の画像で彼らが踊るトーチカに敵軍が迫ってくる話は出来すぎだが、映画的ではあった。

この作品は喜劇なんだろうか?語り口はそうだろうが、死や別離、殺人など、悲劇的なエピソードが多すぎる。実社会の歴史が流れを作っており、グダニスクの運命、少数民族の住人の運命を、極端な個性の人間に演じてもらっている。悲喜劇で深い意味が漂う点で、本当に芸術的。

ナチ党の集会に紛れ込んで会を滅茶苦茶にしてしまうシーンはおかしいが、無理に挿入された感はあった。エピソードを挿入して、怖ろしい時代を喜劇的に描こうという意図が出すぎた印象。主人公のセンスから、必ずああしただろうという自然な流れがあったほうが分かりやすかったはず。

筆者は、ポーランドにはポーランド人やユダヤ人しかいないものと思っていた。少数民族・・・・といっても、外見では全く同じにしか見えないが・・・が相当にいたようだ。グダニスクというと、これまた造船所があるくらいしかイメージがない。そう言えば、壊された街を忠実に再現した話は聞いていた。この映画で出てくる街並みは、だから戦後に再現されたはず。忠実な再現だったから古そうに見えるのだろう。

ポーランドも当然、戦争を引きずっている。どうしてドイツはああも激しく侵攻を拡げたのだろうか?なぜナチスにああも大勢の人が賛同したのだろうか?国家、民族の誇り、帝国主義の戦いにおける不利、当時の日本もそうだったはずだが、その頃の感情的なものが理解できない。

言い方は悪いが、おそらくイギリスの欲が災いをもたらしたのだろう。富と権利を集中的させすぎて、ドイツ人達には耐えられなかったのでは?それに、そもそもグダニスクにドイツ人が多数いたことが、悲劇の原因になったのだろう。昨今の風潮では、わざわざ海外から労働力を導入しようという動きがあるが、先の先まで考えて決断した方が良い。ちょっとした反感や民族的な誇りが、やがては悲劇を生んできたのだから。

かっての日本軍の暴虐は、結果としてアジア諸国の独立を早める効果はあった。日本が各国の独立を望んでいたとは限らないが、イギリスと対抗する時の方便もあって、独立を意識させる効果はあった。ポーランドが独立できたのも、ドイツがあったからかも。分割などの露骨な支配への反省が、結果的に独立につながっているように思う。

グダニスクに限ると、都市として独立しようという意志を持つ住人がかっては多かったらしい。相当な割合で住人が死んでしまったり、西側に逃れたりしたらしいが、極端な歴史になってしまったのも、軍事大国にはさまれた地域だったからだろう。そんな地域の場合、独立にこだわるより生き残りを優先すべきかも。

グダニスクのような特殊な町の市民は、利益を目指して競合するか、妥協や撤退で危機を避けるかは難しい問題。個人個人のレベルでもそうだし、町内会レベル、都市のレベル、国や国家間連合のレベルに至るまで、結局は利害と権利の調整に至るまでに、場合によっては住人がほとんど入れ替わるくらいの事態が起こりうる。怖ろしい現実。

今の時代、世界戦争を辞さない危険な国は少ないと思う。中国やロシアは周辺への侵攻は狙っているようだが、大がかりな本当の戦争は避けたいはず。費用や資源を維持できるのは米国だけだろうし、イスラム国だって、世界中に出て行く国力はない。地域の支配を着実に拡げることしか考えていないと思う。

でも局地戦で戦え、得るものが大きいと誰かが判断すれば紛争は簡単に起こる。尖閣や小笠原地域での紛争も覚悟しないといけない。着実な拡大を狙う敵を前にした時は、抑止力の限界を常に考えるべきだろう。映画にも出てきた郵便局の戦いでは、武器を持って堅牢な郵便局にこもれば良いなどと考えても無理。いかに多くのライフルを用意しても、結果は最初から見えている。

 

 

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