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2014年11月15日

殺しのドレス(1980)

Herald

- マダム役が最高 -

精神分析に通う女性は、彼女に敵意を抱く金髪の女に惨殺されてしまう。それを目撃したコールガールが次の標的になるが・・・

・・・ブライアン・デ・パルマ監督作品。28日のBS放送で鑑賞。上質の映画だと感じる。以前も部分的に観た記憶がある。たぶん、テレビで断片的に鑑賞したのだろう。上質であることは確かと思うが、子供には向かないはず。サイコスリラーは基本的に大人向きと思うし、乳首が強烈すぎるから・・・じゃなくて、古めかしい点もあると思うから。古典的なスタイルの作品には違いない。

エロティックなシーンと殺しのシーンを混在させようという意図が、上手く演出に働いていた。今度エロティック・サイコ・スリラーを作ろうと思うんだ・・・そうやって、企画が進んだに違いない。そして、その意図は完全に達成されたのだろう。

ナンシー・アレンがヒロインだった。非常にスタイルが良く、彼女の映画の中で、この作品が一番魅力的に思う。でも、コールガールは、あんな感じの人が多いのだろうか?もっと色気たっぷりのほうが役柄に合うのでは?彼女が特に役柄と合致する女優だったか判らない。上の画像の乳首は計算された出し方らしく、実際のシーンでもモロ出しになっていなかった。

サスペンス映画のヒロインは、基本的には叫び声や恐怖の表情が必要で、顔が引きつった様子を万人が上手いと感じられるなら最高。そしてお色気も欲しい。ナンシー嬢の場合、スタイルは合格だが、あんまり表情がはっきりしない印象を受けた。

いっぽう、性的欲求不満のマダム役は実に素晴らしい存在感だった。演出も素晴らしい。相手の男を探して見失う時や、見つけて嬉しがる時の表情が実に分かりやすく、しかも派手には演じていない。派手にやったら、リアルでなくなる。欲求不満=不安につながるものがある。眉を寄せたような表情が素晴らしい。

欲求不満男子だった筆者。若い頃いったいどんな表情をしていたのか知らないが、あんな感じの表情で女の子のお尻を見ていたのかもしれない。ヨダレを出しそうなほど派手にやったら怒られるから、無表情を装いながら目だけはチラチラと相手を見るだろう。マダム役は、そんな視線の表現が適切だった。

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サスペンス映画における人物は、できれば日常的な悩みをかかえた存在感あるほうが良い。この作品のマダムがまさにそうで、忘れ物を次々とやらかしてしまうのはどうでも良さそうな特徴だが、そんな人物には一種の共感のような感情が発生する。実在感や、自分もやらかすんだよなあといった共感、でも「この女性、相当なぬけ作だなあ。集中力を欠いてるよ。」という呆れるような印象。それが、この女性の印象を強くする効果がある。登場していきなり殺されたら、印象が残らない。

また、彼女が何か考えたり、何か迷ったりするのを丁寧に描くと、その迷いが次に何か起こりそうという期待感にもつながる。不幸な事件に向かっていく女性への憐れみのような感情が発生する。直ぐ殺人鬼に襲われるのではなく、ほとんどのシーンでは何事もなく過ぎるのだが、彼女が通路を進んでいくだけで、次の角には殺し屋がいそうな気になってしまう。緊迫感の盛り上げ、存在感の演出、そのへんが実に見事に工夫されていた。

事件の犠牲者は、自分がどんな結果に陥るのか、その時まで何も知ることがないだろう。ハッと気がついた時には既に遅いという可哀相な事例が多いはず。交通事故や、最近の火山の噴火、女児を殺した妙な人物の事件、銃乱射事件など、信じられない突然の事故の場合は、何が起こっているのか理解できないまま、もしくは瞬時に絶望的と感じながらの死に襲われることになる。

どっちが良いのか判らない。病気で徐々に弱りながら死ぬのは精神的には堪らないが、もしかすると諦めの境地に達することができて、一種の悟りの境地に達するなど、静かな最後が得られる場合もあると思う。突然の場合は、長期間の悩みがないのは良いことだろうが、何も準備ないと残された家族が悲惨な目に遭うことも多いから、本当に最悪のケースもあるだろう。

覚悟しての死・・・例えば戦場で突撃しながらの死は、覚悟はあるし、死ぬ確率も理解しながらの死ではあるが、それなら納得できるかと言えば、実は無茶な作戦で意味のない突撃を命じられている、その作戦は成功する可能性が全くない、完全な犬死に終わる、しかも命令した上官は安全な場所に逃げている・・・そんなことも多いだろう。良い死に方なんて、最初からない。

変質者によって罪なき人が殺されるのは、死の中でも最悪のパターンだと思う。秋葉原あたりで妙な事件があったが、理解不能な人物に殺されたらかなわない。

この作品で気になったのは、作品が性的障害者に対する悪い感情を惹起するのではないかという点。性同一性障害者が全て犯罪行為に向かうはずはない。多くは劣等感などを抱える被害者的な立場に陥るはず。悪い感情につながるので、殺人者のキャラクターには何か工夫、他のキャラクターにするなどの配慮が望ましいように思った。

性同一性障害に加えて、解離性障害~二重人格のような要素が加われば、何か激しい行動につながる場合があるのかもしれないが、そんな患者を経験したことはないし、映画やドラマ以外で観たこともない。数万人にひとりはいると思える同一性障害者の大半は、普通の生活を静かに送っているだろう。だから題材の対象として良くないと思う。

 

 

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