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2014年10月 4日

LIFE!(2013)

20fox

- 仕掛けたっぷり -

LIFE誌に勤務する主人公は夢想癖のあるサラリーマンで、周囲は変人扱い。自身のクビも心配。廃刊号を飾る写真の行方を追うことになるが、彼はそのためグリーンランド、アイスランド、アフガニスタンを旅する大冒険に出る・・・

・・・実に映画らしいアイディアと細かい芸当、仕掛けに満ちた作品。監督主演のベン・スティラーの才能を感じさせる佳作。この作品は家族や友人、子供、大人、恋人、嫌いな人、誰とでもそれなりに楽しめる本当に映画らしい映画。

ダニー・ケイ主演の有名な映画があるが、この作品はちょうどLIFE誌の廃刊のニュースの時期に、その悲哀の状況を利用するような形で上手くストーリーに組み込んで、自然な流れを作り出すことに成功している。良いアイディアだった。ただの失業よりも、誰でも知っている大きな雑誌の廃刊のほうが喪失感は大きく、悲劇的な設定の喜劇を作る上で最高だった。LIFE誌を使うのは誰のアイディアだったろうか?

会社や仕事内容に対する思い入れ、自分の人生や友情、恋に関わる感情などが、上手い形でストーリーに反映されていた。しかも、SNSなどの現代的な道具の使い方、各地の光景など、見た目で魅力ある映像も使っていて、作品の魅力につながっていた。

ベン・スティラーは、「メリーに首ったけ」や「ナイト・ミュージアム」の印象が筆者には強く、大げさで味のないコメディアンのような印象を持っていたが、この作品ではチャップリンを連想させるほどの大活躍で、才気あふるる~やや才気に走りすぎの印象さえある~演出もあって、後味の良い作品を作ることに成功していた。次回作が俄然気になる。

冒頭から、町の景色の中にタイトルなどのクレジットを入れていく細かい演出が笑えた。主人公が夢想家だから、現実離れした映像を挿入しても違和感がないし、観客の注意を惹く効果は充分にあると思う。ただし、少々字が小さすぎて、劇場でないと読めないであろう内容もあった。

センスが良いのか判らない部分もあった。悲喜劇だから、細かい点で観客が気づいて笑えるようなギャグを随所に織り込んだほうが良いと思うが、やりすぎるのも怖い。そのバランスが、おそらく国柄にもよって違うのだろう。現実から夢想に入る際に、観客が直ぐ分からないといけないし、あまりに明瞭に分かりすぎてもいけない。ヒロインの髪型などをヒントに、分かるような工夫も欲しかったと少し感じた。

ヒロインは過激なギャグで有名になった人らしいのだが、「宇宙人ポール」などの時から随分と役柄を変えていて、立派にヒロインになりきっていた。過度に美人面していない点で、良い配役だったかもしれないが、個性が感じられなかったとも言えるかも。

LIFE誌は有名な写真家が誕生する舞台となったことと、独特の優れたセンスで雑誌の代表選手のような存在だったが、何か経営戦略に問題があったのだろうか、何度か目の経営危機を乗り越えられず、ネットのみの状態に変えたようだ。でも、雑誌の復活はありうるかもしれない。

今のようなウェブ上での画像鑑賞では味気ないと感じる人も多いと思う。日本では写真週刊誌がまだ健在であることから考えても、記事の内容や読者層の開拓などによって、新しい形の購読者との関係が復活する可能性もあると思う。以前のように雑誌界に君臨するかのような存在ではなくなっても、年に数冊の特別版なら、きっと成立しうるし売れると思う。

LIFE社で活躍していた社員達は、おそらく凄いプライドを持っていたはずだが、どうされたのだろうか?他の新聞社などに再就職・・・といっても、今は紙媒体は全体に沈滞しているから、企画構成力などを武器に他の業種に移ったかも。それこそ、ネット媒体の会社とか。

ネット記事の社会も、作品でも登場していたSNSの世界も、移り変わりは激しい。一時期は台風のように騒がれていたフェイスブックも、他のSNSが出てくる度に魅力や独自性が失われていく気がする。動画サイトも、肖像権などの問題もあるので、過去のように勝手なコピーが散乱するようなことはなくなる。すると、法的な面を気にしすぎて面白味も失せる結果になり、やがて衰退する運命にあるのかも。

ネット関係の会社も、おそらくは首切り、新採用を繰り返し、あるものは大きく成長し、あるものは倒産の憂き目にあっているに違いない。そしてますます、それは大規模かつスピーディーになっていくだろう。何の心情も伴わないような、ドライな離職が普通になるかも。そうなったら、LIFE!のような映画が成立するのは稀なことになる。

自分が人生を賭けて取り組める仕事、趣味、伴侶、それを目指すことの大事さが、この作品のメインテーマと思う。喜劇なんだが、とても真面目なテーマで、説得力もあった。

筆者はクリニックを経営しているのだが、勤務医時代の方が重症の患者を抱えていたから、切羽詰った状況の患者に尽くすという意味では、以前のほうが充実していた。特に開業後しばらくは簡単な病気の人が、しかも人数も非常に少なく、退屈するわ経営が厳しいわで、充実とは程遠い状況だった。

徐々に患者さんが増えて来つつあるとともに、妙な病気、難しい病気や悩ましい患者さんも増えてきて、達成感や誇りのようなものが増しつつあるのは嬉しい。と言っても全然儲かっていないから、金銭的には満足できない状況だが。

時々考えるが、耳鼻科などになっていれば、おそらく何も考えなくても裕福になっていたろうが、充実感があったろうか?研究者や勤務医の道を続けていたら、仮に教授や研究施設長などになっていたら、どんな状態だったろうか?あるいは、そもそも医者を目指さず、当時の花形だったソニーなどを目指したり、ネット会社を立ち上げていたら?

年収数億に達していたら、もう既に半分は引退し、趣味と子育てに生きていたかもしれない。金銭面を諦めて医者を目指すという筆者の選択は、精神的な満足、プライドを重視しすぎていて、要領の良いものだったとは思えない。それに、自分の世間的評価は、自分が賭けただけの意味を成していないように思う。

ただ、評価を気にしすぎるのも良くない。この作品の中で登場した写真家などは、見ようによっては変人の偏屈者、偏った自己愛だけの人間でもあると言える。主人公を引き回す結果になったし、あらゆる視点から優れた生き方をしている人物とは言えない。理想的な生き方をして万人に評価されることなど、最初から無理だろう。そこまで期待する必要もない。

せめて筆者の家族から評価されれば良いと思う・・・・のだが、毎日遅くまでドラマなんぞを皆で見るばかりで、筆者の説得を一顧だにしない子供達は、評価しようなどとも考えていないようだ。家内も酷いもので、せっかく買い物した食品にケチをつけ、そのまま腐らせたり平気でする。感謝を強いることはできないから筆者は黙っているが、彼らの生き方はあれで良いのだろうか?

「LIFE!」でも観て、考えて欲しいと思う。

 

 

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