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2014年10月28日

スーちゃん、まいちゃん、さわ子さん(2012)

Wowowetc

- 女子会は禁止 -

30代の女性3人組の日常を描いたマンガの映画化作品らしい。マンガは見たことがないし、この作品の劇場公開も知らなかったが、21日のBS放送で鑑賞。

よくできた映画。もともとの原作が、おそらくさりげないタッチで日常を描いていたのではないかと思うが、この映画も実に静かに、自然に、そしてゆっくりとドラマが展開し、しかも4コマくらいの漫画で描かれそうな小さな出来事を器用につなげた上手い展開のように感じた。

女性映画だから監督も女性だろうと思ったが違っていた。海外の作品で、このような描き方をしたものは、かなりの確率で女性が監督し、しかも同性愛のニュアンスが漂うことが多いのだが、勘違いだったようだ。

主演は柴咲コウで、そう言えば彼女もいつの間にか30代だったのだ!化粧品のコマーシャルで出てきた時は確か17~18歳くらいじゃなかったか?あれから幾とせ、こんな作品に出るようになるとは!しかも後姿や歩き方は、お世辞にも格好良くない。そこらのオバサンと違わないようにお見受けした。なんだか映画の内容より、そっちのほうが悲しく感じられた。

といっても演技やメーキャップの効果もあるのだろう。バラエティ番組にたまに出演されている彼女は、相変わらず非常に目立つ美人である。女優をするために生まれてきたかのような、目鼻が異常にはっきりした顔立ちで、華がある。こんなショボイ役より、大奥の女将軍のほうが似合う。車のコマーシャルに出ていた頃は格好良かった。

女性が微妙な年代に差し掛かった時の心情をどう描くか、それがテーマだったように思う。その中で、友情やプライド、悩みや様々なトラブルに対する感情を上手く描くことに成功していた。元々が長編のマンガだったら別だが、もし短編ならば映画用に脚本化した能力は大したものだと思う。

在宅介護中の家庭を尋ね、寝たきりの祖母にも挨拶をする主人公と、会わずに帰っていく本当の息子との対比は上手い設定。小さなエピソードのそれぞれが、なかなか含蓄のある、余韻に浸れるようなものばかり。あまりに高いレベルでそれが続くので、余韻も続く。そんな印象。こんなドラマはそうそうない。

真木よう子や寺島しのぶは、それぞれの役目を充分に果たしていた。真木が演じた女性は、不倫関係に見切りをつけて見合い結婚に踏み切るのだが、そんな女性が感じそうな喪失感と打算の板ばさみがよく理解できたように思う。

女性の観客は筆者と違った感覚で、あの表現を観るのかも知れないが、たぶん概要は同じではないか?自分のこととして感じるか、他者のこととして冷静に考えるか、内容が同じでも感じ方や重みは全く違うだろう。そんな違いを筆者はうまく理解できない。

転進(結婚)に見切りをつけられないままの人もいて、自分がこのまま老いて、一人で死んでいくのかと悄然となる時もあり、安易な打算で家庭に入ることに嫌悪感を抱く時もあり、家庭に入ったら入ったで雑用に終始する生活に興味を失う可能性も高く、いずれにせよ万全の満足感は誰も得難いのでは?

選択を常に迫られた女性の心情は、筆者には分からない。気持ちと反する判断が、やがては大きな違い、例えば子供がいるかいないか、仕事をしているかどうか、収入が多いか少ないか、愛情に満ちた状態かどうか、そんな違いに直結する点で、野郎どもより深刻だろう。

野郎の一人である筆者は、結婚に関しては考えが足りなかった。期待してもいなかった。理想の女性像を真剣に考えたこともなく、誰か自分に好意を持ってくれる人と結婚できれば良し、誰もいないってことはないだろうくらいの安易な考え。でも、もう少しで誰もいなかったかも知れない。

自分で考えるに、若い頃の筆者は色気がなかった。女性に神経を使いそうな気配すらなかったから、こんなガサツなヤツは遠慮したいと普通の女の子なら考えただろう。やはり女性としては、基本となる生活力や包容力、安心感を持てる相手が望ましいだろう。何を考えているか分からないような者は、できれば相手にしないのが正解。

おそらく筆者に限らない。よほどのセクシーガイを除き、大多数の男性は女性を惹きつけるほどの魅力はないと思う。女性たちは我慢して、本当に仕方なくイヤイヤな気持ちで結婚に至るのでは?悩まないはずがない。「他の選択肢はないか?よく考えろ私!」と、相当悩むに違いない。

もし結婚できていなかったら、今頃どうしていただろう?自分の選択を後悔したり、正当化したり、あれこれ考えていたのだろうか?子供がいなかったらどうだったか、考えると怖い。

今日の午後に来られた男性は、奥さんが長期入院中で独居状態。肝硬変のような印象だったが、飲酒しては転んだりしたらしく、青あざだらけだった。筆者の場合も、きっと生活が乱れて同じようになったのでは?と、背スジが寒くなるような感覚を持たせてくれた作品だった。

したがって、この作品は男女を問わず独身の方に観て欲しい。子供には興味が湧きにくい映画のように思う。でも、少女達には鑑賞していただいて、そうできればクラスルームの時でも良い、先生から「この主人公のような状況にならないように、早めに結婚しなさい。」と説教して欲しい。

女性の人生観も大事だが、このままでは人口がどんどん減ってしまう。急激に減ったら、何もかも破綻して社会が崩壊する。いろいろ苦労してでも、なんとか子供だけは生んで欲しい。勝手な願いだが、ドラマにならない薄汚れた人生でも耐えて、なんとか人間を増やして欲しい。女子会を開く暇があったら、お見合いの会に出て欲しい。

でも、こんなことを望んでいるようでは、筆者が女性からもてる可能性は最初からなかったはずだ。この手の考え方は、言い換えれば女性に苦労を強いようとしているに他ならないのだから。そんな野郎に、好意を持つ女性がいるはずがない。女性に苦痛を強いる考えが根底にあって、しかもそれを隠す術を知らないのはいけない。男女の間では、騙しも基本と考える狡さが必要なんだろう。・・・今頃分かっても遅いが。

話が脱線してしまうが、イスラム過激派の連中の女性に対する考え方に興味がある。彼らは女性を隷属する対象と考えているのだろうか?まさか全員監禁したり、拷問したりしてばかりとは思えない。古い時代のように、テントや家屋の奥で暮らさせて、家庭の外に出るのは稀という状態にしたいという考え方ではなかろうか?その状態を維持するために暴力を伴わないなら、必ずしも非人道的とは言えない。最近までは、キリスト教世界も似たようなものだったと思う。

いっぽうで学校を襲って拉致し、奴隷として売るのは全く理解できない。異教徒、異種の宗派とは言え、生徒達を戦利品、家畜なみにしか考えていないということになる。そんな行為をはたらいた連中が社会を形成した場合、その中で女性達がどんな扱いを受けるのか、単純に昔の部族のスタイルに戻るのか、または奴隷として次々と犠牲になるのか、そのへんの実情はどうだろうか?

組織を永続させたいなら、女性に無茶はできないと思う。彼女らにも人権意識はあるはずだから、何もかも強制することは無理。おそらく常に新しい女性達を拉致し続けるか、支配地域の女性達の立場を高くするかしないといけないはず。そうでないと、やがては組織が包囲され消滅する運命にある。いかに勇猛な兵士が集まっても、永続はしない。それは彼らも知っているだろう。

イスラム国の様子は欧米メディアを介さないと知りようがないので、実情を知ることは簡単にはいかないだろう。日本人のジャーナリストが内部を探ろうにも、人質としてしか扱われないように思う。

 

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