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2014年10月31日

ネバーランド(2004)

- 原作者は子供?  -

ピーターパン物語の誕生に関わる作者と、ある家族の実話を映画化した作品。ジョニー・デップ主演。DVDで鑑賞。ジョニー・デップは繊細そうな主人公を存在感たっぷりに演じていた。

1900年頃の話らしい。非常に静かな作品で、優しさに満ちた美しい話。おとぎ話のようでもあり、まあメロドラマと言えるだろう。中心のテーマは主人公と少年達の心の結びつき。男女関係は、あんまり関係ない描き方だった。実際がどうだったかは分からない。ヒロインに相当するのは少年達の母親役のケイト・ウィンスレットで、魅力的な女性として描かれていたが、不倫をテーマには描いていない。

当時の風潮がどうだったかは知らないが、妻のある男性の別荘でともに過ごしたりしても、よくあることで問題視されない傾向はあったのか?現代なら離婚に絡んで法廷闘争のあげく、「夫に不倫された証拠」として採用されそう。慰謝料の額がどんと高くなることだろう。だから秘密にしないといけない。同じ車に乗ることは厳禁。子供達も仮面か変装して欲しかった。

主人公の夫婦には子供がいなかった様子だし、子供達と出会った頃の作者は既に40歳くらいだったようだから、子供は諦めていたのかもしれない。養子にしようという考えを持って、彼らと付き合っていたのかも。もしくは単に可愛らしいから?末っ子などは天使に近い存在。

近年は外国人の子供と接する機会が増えた。近所の白人の子供を見ると、天使をイメージしてしまう。天使の絵が白人の子供を描いているからもあるだろう。あれがもし黒人の子供を描いていたら、イメージが黒人のほうで出来上がっていたかもしれない。日本人の天使は宗教的に考えにくいが、仏教に天使のようなものがいたら、きっと東洋系の天使のイメージもあったかも。もともとの天使といえば、ミカエルなどのように戦いの神様のようなイメージではなかったかと思う。幼児の天使のイメージはどのように発生したのだろうか?

また、妖精のイメージはいつから発生したのか?映画が出来上がる以前から、小さくて姿が見えない存在のイメージはあったに違いない。童話にも出てくるから、相当な昔に起源があるに違いない。でも今の一般的イメージでは、ピーターパンの中のティンカーベルこそ妖精という人がほとんどでは?ジブリ映画での妖精的存在のキャラクターも、イメージとしてはそうだろう。

ピーターパンは、ちょうど映画の100年前くらいに劇場で初演されたらしい。ディズニー映画のイメージが強い自分には、舞台でピーターパンの動きを表現するのは難しいような気がするが、おそらく想像力と舞台技術によって、それは成し遂げられていたのだろう。

世界各地で何度も繰り返し上演され、日本だと榊原郁恵がしばらく演じていたのを知っている。当時の筆者のイメージでは、肥満体のアイドルが演じたらロープが切れないかな?もはやアイドルに限界を感じたのね・・・そんな哀感と失笑を伴った感覚しかなかった。ところが彼女は息の長いタレント活動をやっていて、アイドルではなくなってしまったが、ちゃんと家庭を支えており、根性が凄いことが分かる。

この作品を観た後、もしかして作者自身もピーターパン症候群に近いものを持っていたのかもしれないと考えた。いい大人になっても、向うの紳士は遊び心を持っている人が多かったらしい。日本のように生活に汲々とする人が大多数の国ではなく、植民地支配や貴族社会、大勢の資産家の存在によって、遊んでいてもさらに資産を増やしていけるような人は多かったはず。社会に余裕があれば、夢想を演劇の形に変換する企画も、ごく自然に進んだのかも知れない。

劇を作ろうとして机の上で計画的に考え出されたにしては、ピーターパンは斬新すぎるような気がする。子供時代の作り話は奇想天外だから、複数の子供達の夢想のアイディアのやり取りの中で、まとまりのある方向に昇華されたのなら、あんな話も出来るかも知れない。作者自身の幼少時のことかも知れないし、預かった子供達の遊びの中からかも知れない。

そのアイディアを奪った・・・というと問題だが、まとめた可能性はある。とにかく、ピーターパンの話は一人の人間が考えるより、思い付きによるキャラクターを無茶苦茶に集めたかのような支離滅裂さが感じられる。子供のセンスの匂いがする。

 

 

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