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2014年10月13日

バッファロー’66(1998)

Lionsgate

- 超個性派映画 -

刑務所を出所した主人公が、親に偽って結婚を偽装するため娘を拉致し、旅をする話。旅の最後に、主人公は自分のムショ行きの原因になったアメフト選手を殺すつもりであるが・・・

・・・DVDで鑑賞。この数週間、犯罪者の映画を色々と観ていたが、これも前から気になっていた作品だから選んでみた。非常に特色のある映画で、テーマ、登場人物、ストーリー、描き方のいずれもが独特。映画としての魅力は充分に感じた。

まず印象に残ったのは主人公の風貌。いかにもチンピラらしい顔と言ったら失礼だが、役柄に完全に合致していて、こんな俳優はヒーローの役などは絶対に合わないし、一発屋で終わるしかない運命だろうねという、これまた失礼な印象を持った。実際には才能豊かなマルチタレントで、いろいろ活動しているらしいけど。

トイレを探して放浪する話がおかしい。運がとことん悪いことをユーモラスに描いているのだが、その人物がひどいワルで情けない格好をしているものだから、嫌悪感と共感がいっしょに感じられるような妙な感覚。拉致する女性に対しても、唯一といえる友人に対しても酷い言葉の連続で、許し難い人間。でも、なんとなく理解できる。

理解できたということは、やはり描き方が適切だったからだろう。もしかすると主人公兼監督のヴィンセント・ギャロは、本当にこんな人物なのかも知れない。たぶん短気で、エキセントリックな人物。ミュージシャンやアーチストが出発点の才人らしいから、相当に繊細な神経を持っているに違いない。両親に会う前に吐き気がするなんて、普通の感覚では分からないが、犯罪者の場合などはそんなものかも知れない。

主人公が入浴しようとする時、ヒロインを避けてしまう点もおかしい。普通の映画なら二人は抱き合ってしまうだろうが、ベッドの端のほうに主人公が逃げてしまう。口では強いことを言いながら、女性に慣れていないことがよく分かる表現。あのシーンの主人公は最高に情けなかったが、あれがなければ単純な悪役、本当の誘拐犯で、同情を得ることはできなかったろう。なさけないから悪人でも同情を買う場合がある。それを利用するのが上手い人物もいる。

ヒロイン役は「モンスター」の相手役だったクリスティーナ・リッチ。この作品の頃は18歳くらいだろうが随分な肥満体。特殊メイクをしているのかもしれない。あるいは、その後に激しいダイエットか拒食をしたか。ボーリング場でタップダンスを踊る印象的なシーンがある。あれは、おそらくギャロ氏にしか理解できないセンスで思いついたのだろうが、確かに彼女の心情を表現できていた。

突然照明が変わって彼女にスポットライトが集まり、上手ではないダンスを踊るなんて、普通に考えると流れから全く逸脱しており、素人的な表現でやってはならない手法のように思える。リアルさは確実に損なわれるし、ダンス自体が非常に上手い、セクシーといった評価が得られるようなものでない。失敗の理由になりそうな気がするが、天才型のギャロ氏の場合はやってのけるのだろう。

誘拐されていて、しかも簡単に逃げられそうで逃げない、そんなヒロインは簡単に演じることはできないような気がするが、可愛らしいけど頭は良くなさそうな、体型から考えてモテそうにはないような雰囲気から、彼女が考えていそうなことが理解できた。でも、普通に考えたら逃げるべきと思うけど。

女性でないから、こんな時に彼女のような娘が何を感じているのか分からない。性的な好みが合うなら、運命に任せても良いなどと感じることがあるのかもしれない。でも、筆者なら絶対に逃げる。主人公は臭いはずだから、臭いだけで逃げたくなるだろう。金持ちにも見えないから、仲良くすると将来金銭的に苦労しそうな点も悪い材料。白馬の王子にさらわれて城に連れて行かれるならしゃーないと思うけど、刑務所出たての男の場合、よほどのイケメンでも止めといたほうが利口。

打算と諦めで結婚してしまった筆者は、女性の気持ちを気にしなかったし、いまだに判らない。道で出会う夫婦を眺めて、彼らがどんな風に結婚に至ったのか、カップルがどうやって交際を始めたのか、想像すらできない例も多い。先日もアイドルのようなカワイコちゃんと、ニキビ面のブサイクな若者のカップルを見たが、若者はどう見ても賢そうに見えないし、将来性も一切感じなかった。アイドル風の娘は、やがて生活苦に打ちひしがれる運命ではと心配してしまった。

ヤクザ者の夫婦に時々会うが、確かに若い頃の旦那さんは格好良かったかもしれないと思うものの、現時点で生活保護中、夫はしばらくムショに入っていたらしいとお聞きすると、この奥さんの生活は大変だったろう、夫の選択を間違えたんじゃ?・・・と、気の毒に思う。

異性としてかっこいいほうが、そりゃあ良いに決まっているが、できれば男性の方に生活力があったほうが良い。まあ、ネット関係の長者で資産が数億、子供はタイ人に生ませて100人以上養おうといった頭のおかしい金持ちはいけないが、資産もあったほうが良い。資産だけじゃないが、最低限の生活力は必須と思う。そんな打算も必要だろう。

さて、この種の映画の場合、ヒロインの女性は可愛らしくないといけない。絶世の美女である必要はないが、可憐さやあどけなさが必要。その点、クリスティーナ嬢は最適だった。もっとスタイルが良かったら不自然になる。もっとブサイクでもおかしい。

彼女は、その後も猟奇的な映画に色々出ている。「モンスター」の相手役も当然のごとく、彼女だった。この作品における彼女は、あんまり冴えない普通の女性を実に上手く演じていたと思う。インスタントカメラの前で笑顔を作るシーンも非常に見事だったし、両親に嘘をついて主人公を褒めようとする様も、いかにもファミリードラマ風のわざとらしい演技を真の演技で再現するべく、上手く演じていた。

主人公の母親役も凄かった。あちらの大きなチームには熱烈なファンがいるとは聞くが、恋人を初めて紹介されながらテレビをつけるなんて、いかに異常か明確に分かる。それを自然に演じてみせるアンジェリカ・ヒューストンも凄い女優。そう言えば、「アダムズ・ファミリー」仲間で共演していたわけだ。

この作品は家族で楽しむタイプの作品ではないと思う。でも恋人と観るのは、たぶん悪くない。あまりにクセのある作品だから、逆説的現象により、時が経っても魅力は長く続きそうな気がする。一種の純愛映画だから、恋人との雰囲気を悪くしないと思う。

 

 

 

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