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2014年10月 7日

蜘蛛女のキス(1985)

Asmik

- 混迷を憂う -

刑務所で同質の二人。一人はホモの性犯罪者、もう一人は反体制派運動家。刑務所側の陰謀によって苦しむ二人は、やがて心を通わせるようになるが・・・

・・・いかにも小説的な設定。舞台劇にも最適だろう、繊細な神経の持ち主が作った話。作者はアルゼンチン出身で、エイズで亡くなったそうだから、ホモセクシャルな人とも交渉があったのかも知れない。劇中のホモのほうは、作者自身の感覚を投影していたのかも(事実は判らないけど)。

狭い牢獄での二人の会話が時間的にはほとんどを占めるはずなのだが、ホモのほうが語る映画の話が、空想の世界のような話の拡がりを持たせていて、芸術のなせる不思議な感覚を味わえる。映画のシーンは、舞台ではどうやって演出したのだろうか?ただ役者のセリフや真似で表現するのだろうか?映画の場合はシーンを変えれば良いから、この話は本来が映画向き。

この作品は子供には全く向かない。テーマも、人物も、設定も何もかも大人限定。恋人と観るためには、相手の趣味や芸術性、感性の特徴を考えないといけない。基本として、性的マイノリティに理解のない人間には全く向かない作品だろうし、自由や平等より資産や権威、権力への志向が強い人には悪趣味なゲテモノ映画に写るだろう。

そもそも性的に異質な性格がないと、こんな作品を作ることは難しかったかもしれない。ホモの映画好きを登場させるというアイディアは、普通は思いつかないだろう。自身が映画好きだったらしい原作者は、政府側からはかなり抑圧されたらしいので、実際にも投獄されて、情報提供などの協力を命じられた経験もあったかも。

主演のウィリアム・ハートは結構体格が良くて、ホモセクシャルな人物を演じるには少し違和感を感じたが、所作や表情、話しぶりは見事なものだった。総て演技なら、相当な演技力だろう。本物の性的倒錯者にしか見えない。

彼の死に方は意外にあっさりしていた。普通なら、体勢批判の意味も込めて残虐なリンチなどで殺されるといった演出が選らばれそうに思うが、観客の心象も考えて演出を抑えたのだろうか?映画的にはあれで良かったと思う。「暗殺の森」の美女の殺害シーンのように、舞台で死ぬのと同じように車内で死んでいく、それで充分だったかもしれない。

活動家のほうは目立った演技力を感じなかったが、役柄がそうだったから当然かも知れない。たとえば昨今のマンデラ氏を題材にした映画のような、偉大さを感じさせる役柄ではなかったから仕方ない。いかにも革命家らしい風貌、存在感は充分だった。後年、彼はアダムズ・ファミリーのお父さん役を演じたはず。目がギョロっとして、迫力があった。

この映画は、混迷するアルゼンチンを悲しむ心情に満ちている。当時のアルゼンチンのことは、ほとんど知らない。ペロン政権に対しては、エビータの人気もあって多少は聞くことがあったが、政治経済の混迷が続いているらしいことから、あえて興味を惹く国ではなかった。気ぜわしい日本と違い、南米のゆったりした国であるかのように勘違いしていた。警察国家のような弾圧があったなど、全くイメージになかった。途中まで、この作品の舞台はコロンビアあたりかなと思っていたくらい。

広大な国土を持ち、豊かな牧草地帯があるはずだから、大地主もいて、豊かな階級はとことん豊かではないかと想像するのだが、なぜか経済は低迷する傾向がある。工業力に難があるのかもしれないし、資産階級が優位になるような政策と、牧童階級の子孫が持つ不満と、そのへんの対立を解消できない宿命のようなものがあるのか?

ちょっと思ったのだが、もし革命家氏が政権を奪取することができたとして、はたして経済を立て直し、混迷から脱することができるのだろうか?想像するに、混迷は深まるばかりで、同様に反体制派を圧迫し、警察権力を強化していくことになりやしまいか?そんな気がした。

日本の場合は、安定はしている。安定が良いことばかりではなく、年金問題などの弊害もあった。あれで自民党政権に一時的な止めが差されたが、その後の民主党政権は凄い迷走ぶりだった。実務能力に欠けていたのは、実務と関係ない野党時代が長かったから仕方ないし、実務者である役人が協力しない、させないという姿勢の問題も大きかったのだろう。

理想がどうであれ、実務が滞らないことは大事なので、混迷しそうな政策は避けるべきだったと思う。

 

 

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