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2014年9月 1日

惑星ソラリス(1972)

Solyaris

- 人間性って -

知的な活動をする惑星ソラリスに趣いた主人公は、そこで死んだはずの妻に遭う。惑星が彼の心と交信して実体化させたようだ。彼女と過ごす中で、主人公は人間性に関して認識を新たにする・・・

・・・といったテーマらしいが、正直言って難解な表現が理解しにくい作品。DVDで鑑賞。学生時代にバスを待つ時間に途中まで観たことがあったが、今回初めて全体を鑑賞できた。DVDはおそらくオリジナル版だったようで、かなり長かった。しかも、非常に静かな作品で、妙な動きをする雲や海をダラダラ写す時間が長く、意味深な表情の人物達が哲学的な話を交わすシーンも多いため、ややだれてしまっている印象。

だから、この作品は子供には全く向かない。恋人と楽しむタイプの映画でもない。知的な議論が好きな女性なら、議論のネタのために観てもいいかもしれないが、普通は遠慮したほうが良いのでは?わが妻の場合は、確実に寝てしまいそうな気がする。睡眠のための作品としては最高かもしれない。

後年のソダーバーグの映画は、スター俳優が出演していたし、より娯楽的な面があったと思うが、個人的にはオリジナル版のほうが芸術的な感じがして、より良い印象を受けた。主人公がよりしょぼくれていたから可哀相になったせいかも知れない。

海の動きを表す映像はなかなか優れたものだったが、当時の技術の限界はあった。今ならCGでなんとでもできるが、当時は油や温度を調節して波立った様子にしないといけないから、随分と工夫したに違いない。

画像は液体窒素を飲んだヒロインを映しているが、これは非常に見事な演出だった。実際に飲んだ人を見たわけではないが、おそらく近いようになるだろうと想像する。メーキャップや演技で再現したのは凄いことだった。今ならCGでさっさかやれるだろうが。

東京の都市高速の映像を近未来の都市のイメージにしていたのも気になる。そのままじゃなく、案内板を横文字にするなど、何かの工夫ができなかったのだろうか?CGがない時代、細かい修正は無理だったのか?でも、当時のソ連の観客が主な客の対象なら、看板の文字が日本語や漢字でもいっこうに構わないから、そのままで良いやと考えたのだろうか?まさか日本で上映されようとは予想していなかったのか?

テーマとして、人間性に関して宇宙船内のメンバー達が議論するのだが、当時のソ連の人たちにとって人間性という言葉のイメージがどうだったのか、よく分からない。ソ連崩壊後のロシアは、酷い犯罪者達が跋扈する時期もあったというし、今もマフィアは大勢いるだろう。スターリン時代の虐殺も、他の国とは桁が違う人数が犠牲になったらしい。そこで人間性をテーマにしても、共産党の体制を守る中でという最初の前提があったろうと思う。

ロシアは独特な国で、農奴制度や、異民族を排除、排斥、支配してきた長い歴史もある。どう考えても、異民族に対する人間性はあんまり考えていなかったはず。ウクライナでの行動も酷いもの。基本、そんな理想主義などどうでも良い人が多数派では?

人間性を語れば、それに興味のない人は、あっさり会議自体を破壊され、メンバーは拘束されるといった状況なら、そんなテーマで議論する意味などない。議論自体が空しい。そこへんの空しさを描こうという意図もあったのか。スタッフの頭の中に、そのような隠された意図があったら、上手い演出だったと言えるだろう。

妻に似た物体が現れたら、宇宙船で廃棄する・・・それは、相手が人間や動物の場合は一般的な倫理に反すると思う。その物体が精神を持ち、感情豊かに生活していたらどうか?物体は人とは違うと思うが、心の面に関して言えば、少なくとも宇宙に放り出す対象ではないだろう。

もし会話は出来ないとしても、それなりの感情を持ち、存在するものを殺傷して良いのか?実験材料にして良いか?どの程度異質なら許されるか?動物や異民族に対する対しかたを思うと、よく分かっていない人間が多いと思う。考えていたらキリがないと、あっさり殺しまくる人も多い。

ラストシーンでは、主人公は地球の家に戻って、また父親と暮らしているように見えるが、家の様子がおかしい。カメラが引けていくと、そこはソラリスに現れたという陸地で、主人公の意識から形成されたものらしいことが分かる。だから何?という人もいるだろう。ただ、観客の意外なシーンを出したかったから、あんな終わり方にしたかったのか、何かテーマを含めたかったのか、少し未熟な演出のようにも思えた。

学者達と議論する図書室の絵や、途中で空中遊泳するシーンも、意味がありそうで解りにくい。微妙な描き方をすれば高級感が出て良いとは思えない。

 

 

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