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2014年9月13日

社長外遊記(1963)

Toho

- 標準語喜劇 -

森繁久彌演じるデパート会社社長と、生真面目な秘書課長、宴会好きの営業部長、深刻ぶる常務らが、ハワイ出店をめぐって騒動する喜劇。衛星劇場で鑑賞。

この作品は同時期にロケで後編を作っていたようで、尻切れトンボになっていて、後は続編を観るしかないようだ。何となく商売っ気、もしくは適当な編集スタイルを感じてしまう。ひとつの作品にまとめるかどうか、会議で決まらなかったのだろうか?

社長の娘たちの中には、ウルトラマンの女性隊員桜井や、サインはVの岡田可愛がいた。懐かしい顔ぶれだが、皆さん非常に美しく、スタイルも良い。まだ飽食の時代ではなかったはずだから、栄養状態のせいだろうか?

草笛光子のマダム役、フランキー堺の怪人物役なども、シリーズの常連のようで、少しずつ役柄を変えながら、期待された役を演じている。まるで分業体制の整った工場のような感じで、実際にも短期間に要領よく多数の映画を作る大量生産のような作り方だったのかもしれない。ベルトコンベアー式に作る中で、何か特殊な工夫を誰か言い出しても、費用や時間を理由に却下され、ワンパターンで確実に売れそうな作品を作る大命題がかかっていたのか?

草笛光子のママ役は、今日の感覚でも充分にバーのマダムが勤まりそうな気がする。考えてみると、バーやキャバレーのあり方は、時代が変わってもそれほど変化していないのでは?カラオケが入ってきたことは大きく違うだろうが、衣装や内装など、落ち着きを出すために、ある程度大人びていないといけない関係で、あんまり変っていないのかも。

森繁演じた社長の個性は、今日考えても素晴らしいと思う。仕事には真面目で、会社のことを真剣に考えてはいるが、ついつい浮気癖が出て墓穴を掘ること。また、娘達に物を買うようねだられて困っている様子など、あんまり尊大でない情けない個性に好感を持ってしまう。

君は・・・といった標準語がおかしく感じられる。今の時代、関西弁が喜劇の主流になってしまっているので、標準語で、しかも丁寧な言葉を基本として喜劇が成り立っていることに驚く。

三木のり平のような個性をどう使うか、誰が考えたのだろうか?よくは知らないが、おそらく使ってみたら良い味を出していたので、繰り返し出演したといった流れではないかと思う。宴会が大好きな、およそ仕事には不熱心な幹部というのは、実際の会社にいたら大変だから、おかしいことは分かるが、扱い方を間違えると作品全体に悪影響を及ぼしかねないとも思う。

小林桂樹のような真面目な個性とのバランスが上手く行ったから、互いに活躍し、良い影響を与え合って作品として成立させることができたのか?そんなバランス感覚が感じられる。どんな個性を何人出すか、考えるのは簡単ではないだろう。

この種のシリーズは外国映画にあるのだろうか?弁護士事務所のテレビシリーズはあると思うが、いろんな会社をシリーズ化する企画が通用するのか分からない。日本と欧米では会社に対する意識が随分と違うだろうから、このままの映画を欧米で作り直しても、全く理解できないのではないかと思う。会社内部で妙なことをする人物は、ハリウッド映画にもいたが、社長も部長もといった妙な映画、しかもシリーズというのは知らない。日本独特のものでは?

根本に会社に対する忠誠心、会社中心の人生といった意識があったから、逆の存在である森繁の会社は面白く写ったのだろうと思う。同じく東宝の、植木等のシリーズも形を変えた無茶なシリーズだったが、クソ真面目な実社会を皮肉り、笑い飛ばそうという意識が、あんなシリーズに人気を生んだ理由のように思う。

炊飯ジャーを大事に持っていく専務、やしの木かバナナの木かを間違えるだけの何でもないシーンなど、細かいギャグが満載。ギャグは実に古めかしい。爆笑できるようなものは今日の感覚では少ないように思うが、おそらく当時の劇場では爆笑の連続だったのでは?今日では、この作品は子供には理解不能、恋人と観ると退屈という結果になりそう。

私は古い人間なんで、結構この作品気に入っているけど。

 

 

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