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2014年8月 8日

秋刀魚の味(1962)

- サンマどこ? -

小津安二郎監督作品。遺作となったらしい。主人公はいつものように笠智衆、ヒロインは娘役の岩下志麻。いつものように父と娘が登場し、すったもんだあって、お嫁に行く話。DVDで鑑賞。

DVDは画質を調整してあったようで、充分鑑賞に耐えられた。音声は少し聞き取りづらい印象も受けたが、画像に関しては満足。カラーの色彩は、やや淡すぎる印象もある。

秋刀魚がどこで出てくるのか最後まで分からなかった。ラストでそんなセリフが出たのだろうか?中途半端に観ていたので、見逃してしまったのかも。庶民的な面を強調する意図で文学的に付けたタイトルで、実際にも場面のなかで秋刀魚の話など出てこなかったのかも知れないが、どっちでも話の筋には関係ないと思う。

この作品に限らず、小津作品の特徴は、一般庶民が経験する日常の喜怒哀楽と、親子や家族の間の感情の機微を味わい深く描いた点にあると思う。ユーモアが随所にあふれているから、基本的には楽しみながら観れる。メロドラマではない。でも、ただの笑いだけで終わるわけではなく、必ずのように涙もろくなりそうなシーンがある。深みを感じる作り方で、レベルの高い仕事ぶり。

ただし、古臭さは感じる。テンポが独特で、今のテレビドラマに慣れた人には退屈されかねないと思う。私が中途半端に観てしまったのも、実はテンポの点でついていけなかったからだ。ニュースといっしょに観るという、小津先生には失礼な見方をしてしまった。基本として、若い人には勧められない。

面白い趣向として、酒の席で二度ほど嘘をついて人を騙すシーンがあった。一度目は常連客である友人が急死したと、料亭のおかみに嘘をつくシーン。もうひとつは、友人達がしめし合わせて、主人公に縁談話は決まってしまったと言うシーン。その際の嘘のつき方が見事で、声の調子などが観客をも騙せるほど、実にリアルなものだった。

あの嘘の意図は、ただのユーモアの意味だったのだろうか?後のほうは、困る主人公に観客が同情する効果があったと思うが、少し悪趣味ではあるし、主人公が大きく落胆しなかったので、その効果を減じてしまったようにも思った。例えば、あのシーンでからかわれた主人公が烈火のごとく怒ったらどうだったろうか?普段が温厚な人物が急に怒ると、その真剣さが分かる。そのほうが自然だったのではないかと個人的には思った。意見が分かれるところだろうが。

他にも趣向が色々。登場人物が「もし、日本がアメリカに勝っていたら、今頃青い目の連中が鉢巻をして・・・」というギャグ話をするシーン。笠智衆が、日本が負けて良かったかもねというセリフは、右翼にも外国にも攻撃されそうだが、小津監督だから許されたのかも。確かに、アメリカ人が鼻の穴に棒を突っ込んでドジョウすくいをやっていたら、さすがに世も末だ。

Photo_3

ヒロインが恋心を抱いた若者に対して、あまり目立った表情を見せなかった点も少し気になった。原節子の時代ならまだ仕方なかったかもしれないが、岩下志麻の時代なら多少は若者同士の快活な話があってもよくないだろうか?非常に明るい表情を見せたヒロインが、その若者が婚約したと知ると、悲しさは強調されるはずだから、ぜひとも際立った明るさが必要だったと思う。

簡単に演出できると思う。二人で話した後に恥らうような表情を見せるとか、面と向かっては隠して、後でこっそり嬉しそうな表情を見せるとか。この作品の岩下は、クール過ぎた。後に姉御肌になった時期の岩下志麻は迫力があった。目のきつい感じが、姉御役に役立っていたと思う。若くて整った美人の娘も、やがてはコワモテの姉御に変身して行くという怖い現実を象徴している女優さんであろうか・・・

この当時も既にズケズケと物を言っていた奥さん役の岡田茉莉子は、適度に愛嬌があって好感を持った。後年は目が怖すぎて一般庶民の役は似合わなくなってしまったが、女優らしい女優だった。ただし、実際に奥さんがあんな口調で話し、親からもらった現金を取り上げたら、私はキレてしまうかもしれない。

Photo_4

飲み屋街の映像が懐かしい。今はだんだん店がきれいになって、下のような場末の飲み屋の看板が少なくなってきた。ただ、通りを写したシーンが繰り返されたのが気になった。全くのように同じ角度から写していたが、センスを疑う。せいぜい二回までが限界で、後は直接店の中を写すべきだったと思う。団地の廊下のシーンも同様。

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トリスバーの看板が良い小道具だった。もしかすると協賛していたのかもしれない。水割りやロックにしないで飲んでいたが、トリスはそのままでは美味と言えるかどうか?昨今のように何かで割ったほうが自然だと思う。それと、主人公は明らかに飲みすぎだった。毎日のように飲み屋に通っていたが、あれでは体を壊してしまうだろう。

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ビルの屋上の看板も懐かしい。球体の表面で文字が回るタイプのネオンは、子供の頃はいろんな場所で見た記憶がある。当時としては斬新で目立ったのだろう。派手なネオンが都会の雰囲気を作っていたように感じた。田舎との明らかな違いはネオンや信号の多さ、ビルの高さだろうが、都会への憧れ、気分の高揚に関係する最大の道具は、おそらくネオンだろう。

熊本市の通り町そばに、日立の大きなネオンがあったのを記憶しているが、一時期のことだった。水道町交差点のコカコーラの看板は昔からあるが、時々節電しているようで、ちょっと寂しく感じる時期もあった。日立や東芝は、あんまりネオンを作らなくなった気がする。家電よりも企業向けの製品が中心になったからかもしれない。

さて、私の娘は現在大学生だが、今後どんな風になるのだろうか?ボンヤリしているから就職は要領を得ないかも知れないし、いずれにせよ熊本では職場が限られているので、東京あたりに行ってしまって、このまま私は置いていかれるかもしれない。もしくはボンヤリしすぎて、行き遅れになるかも。娘の幸せも心配だが、家内が家事に興味がないので、自分の老後がどうなるかも非常に心配。

介護保険制度が昔より進歩しているから、野垂れ死にはしないだろうと思うものの、子供達の重荷になって、謝りながら生かしてもらうような悲惨な状況になることもあるかも。私の父は、兄に対して長いこと口調が荒かった。若い頃に努力をして将来の人生設計を立てておかなかったと、度あるごとに小言を言っていた。

でも、父が倒れて子供達の厄介になるようになると、なんだか寂しそうな表情で、兄に対して非難めいたことは言わなくなった。言える状況でないのも確かだが、そう感じていそうな父を見ることが辛く思える。念のため、私は子供の非難は止めとこうっと。

 

 

 

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