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2014年5月 7日

アトランティスのこころ(2001)

- 余韻なし -

1960年代のアメリカの田舎町。仲良く遊ぶ男女三人の少年少女達だったが、居候の老人と知り合い、少年時代に終わりを迎える・・・

・・・DVDで鑑賞。スティーブン・キング原作の作品らしい。「スタンド・バイ・ミー」とよく似た少年期への憧憬が感じられる。主人公が何かをきっかけに古い時代を思い出す点も、全くのように同じ。

父親がいない家庭・・・原作者がそうだったらしい。父親は突然家を出て、行方が知れないままだったらしいので、心に傷を負った主人公は、原作者の代弁者としての性格もあるのでは?

父親の話を聞いて、誇りを取り戻して嬉しく感じる主人公の姿は、原作者の願いが感じられるような気がする。あのエピソードは、誰にでも嬉しさを感じさせるものだと思う。

でも、この作品には家に間借りする老人が登場し、やや趣きが違う。SFのような、危険な匂い、秘密めいた謎の部分が、思わぬ展開がありそうだと、観客に早い時間帯から予想させる。結果的にそれが、観客の混乱を生んでいないか、その点は気になった。

最終的に、「あの悲しい出来事は、でも主人公を成長させたんだ。」もしくは、「当時の状況では仕方なかった。」「謎だったが、今は理解できる。」・・・そんな納得できる設定は必要だと思う。そうでないと、歯切れの悪さのような嫌な感覚が残るから。

そして、この作品はラストが非常に難しいことになったと思う。ヒロイン役の姉らしいよく似た女優が登場して、何か心が和むようなシーンはあったものの、深い余韻には浸れなかった。

その点から考えて、この作品は家族で楽しめる映画ではないと思う。余韻に浸れない作品は、できれば時間を割いてまで見たくない。暇な学生が時間つぶしに見るくらいの作品ではないかと思えた。

大きな夢を持って子供は育つべきと思う。でも自分は子供にそのような話をあまりしていない。遊びも勉強も精一杯やって、夢が持てるように努力を惜しまず頑張ってほしいとは言うものの、昼間から家族で寝ているような現状だから、現状から離れた空しいことが言えない。

せめて母親が少し活動的になって、子供が自由に遊べるような家庭になれば良いのだが、独特の感性があるらしく、子供が外で遊ぶと不安になり、帰ってくるたびに怒るので、自然と部屋の中で時間をつぶす習慣がついてしまうようだ。

子供を傍にはべらせないと不安になる女性は少なくないらしい。本人は「自分は子供のために必死で努力して疲れきっている」という感覚になる。どうして、この努力が認められないのだと、始終腹立たしい感覚が生まれ、子供を怒る。それがまた悪循環を生む。

対処法としては、子供を外に出すしかないと思う。金がかかって仕方ないし、外に出れば危険なことも増えるだろうが、成長に何か良い影響があることに期待して賭けるしかないと思う。

自分で子供に関わって成長を祈る・・・それが実際のところは時間的な余裕がなく、寮や学校に依存せざるをえないのは情けない現状。

 

 

 

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