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2014年3月 8日

図書館戦争(2013)

Movieproject

- 感覚の変化 -

図書を守る勢力と、管理を目指す勢力が国内で戦闘を繰り広げるSF映画。原作の小説があるそうだ。

DVDで鑑賞。このアイディアには感心した。設定で総てが決まっていたように思う。図書館が武装するなんて、現実には起こりえないことで、最初からバカにされて作品にならない気もするのだが、描き方の完成度が高いので、最後まで鑑賞することができた。

バカバカしい話ではある。青春スポ根物語と、表現の自由、実際の法律などを組み合わせ、リアルな部分や滑稽な部分、恋愛の要素や殺し合いの部分、それらを上手に盛り込む、そのセンスや企画力には並外れた才能を感じた。コントに近い感覚を感じる。

アニメでは「図書館戦争LOVE&WAR」とタイトルがついているそうだ。まさに、その通りの内容。女の子には受けそうな内容。基本は素人臭い。

作者は軍事オタクか何かだろうか?自衛隊関係者がスタッフの中にいるか、もしくは「丸」などの愛読者でないと、こんな作品の発想は生まれにくい気がする。おそらく、実際の兵士達の装備、自衛隊での訓練の様子を詳細に再現すればするほど、話は面白くなる。この作品の訓練シーンも、今までのドラマなどと比べればレベルは上だったと思う。

安易に武装集団が登場してくるのは気になる。今まではテロリストを描く場合を除き、基本的に拳銃くらいしか持っていない集団が、不法に民間人を攻撃する非道を描くことが多かった。でも、この作品では実にあっさり図書館員たちが殺されていた。何かセンスの上で、戦後の常識が壊れたことも感じる。

2・26~5・15事件のような軍事クーデター計画と、その後の軍国主義のイメージがある間は、ドラマで戦闘を描くと楽しみから離れるような嫌な感覚があった。肉親が死んでいるのだから。でも、今の若い人には古い歴史上の出来事に過ぎない戦時中のことは、嫌な感覚を伴うものではなく、娯楽の材料たり得るようだ。

お爺ちゃんより上の世代の話は、基本的にお爺ちゃん世代の話とは実感が違う。こうやって戦争が繰り返し起こるのかも。戦争と恋愛が同居するようになったら、何かのタガが外れたことを意味する。

榮倉奈々がヒロインを演じていたが、役柄から言えば、もっと体育会系のノリの野生的な女優のほうが適任だと思った。具体的な名前は浮かんでこないのだが、子供のような笑顔が特徴の榮倉は、少し幼稚すぎるような気がした。

V6の岡田は素晴らしい。動きも良いし、微妙な感情の表現も上手い。ジャニーズ出身のタレントの中でも、際立って役者に向いていると思う。

検閲行為について、今日の日本で滅多に実感することはないが、検閲がない時代のほうが少ないくらだからで、またいつ強力に復活してくるかも分からない。今の時代だと、ポルノ関係の表現でたまに問題視されるが、たいていは自主規制が働いて露骨な検閲に至らないことが多いように思う。

週刊誌では政治家の悪口も珍しくないのだが、ほとんどは問題視もされず、権力者側が怒って何かやったような話は聞かない。実際には様々な圧力がかかり、抵抗したりはあると思う。特に、何かスクープをしようと狙う週刊誌には、隠然たる力が加わっていないはずはない。

でも、総理大臣の悪口を言っても逮捕されない健全さは、本当に有り難い。それが可能な政治経済の状況、諜報機関の方針、民主教育の成果が、たまたま珍しく維持されている奇跡なんだろう。

ただし教科書検定は、一種の検閲。全く自由に学校ごとに選ばせてもいいような気がするのだが、実際に自由化すると激しい混乱を生むだろう。教育委員会やPTAの中で、殴り合いや殺し合いすら発生するかも知れない。特に歴史認識、戦争に絡む問題は、ちょっとした表現のしようはいくらでもあり、非難はいくらでもできるから。

今の教科書には、「日本は大陸を侵略した」と書かれているのだろうか?かっては「進出」といった表現にこだわっていた時期があったらしいが、そのままだろうか?侵略という言葉の定義は、政府首脳が言うように確かに変化しうると思う。でも、進出という表現は良識に欠けている。

侵略という言葉の定義は、辞書に何と書かれているか知らないが、「国連総会が侵略と認定した事態」という風にしか言えないように思う。ただし拒否権があるので、常任理事国の犯した侵略は、侵略と認定されることがないかも知れない。それは変な話だが、現実的にそうだろう。話をする場合は侵略よりも、invasion~軍事侵攻、内政干渉といった細かい表現をすべきかも知れない。

欧米各国が武力を背景に、直接の攻撃、他の国の施政権に関与したり併合をやっていた帝国主義の時代、侵略行為はありふれた現実だったと思う。日本も遅れて同じ行動をしたことは疑いない。欧米が侵略で、日本は進出というのは、むしが良すぎる表現。

今も各国の資本が、互いの市場や企業、発展途上国をめぐって利権争いを続けている。古い帝国主義が大きく表面に出ていないだけで、ちゃんと背景にはそびえている。互いに侵略に近い状況を狙っていることには変わりない。

国会答弁で「日本は、かっての侵略行為を認めます」と、もし閣僚が言ってしまったら、どうなるのだろうか?たぶん非難を浴びるし、直ぐ失脚する。でも、もしかするとそれくらいではないか?政治家の立場に未練のない人がいたら、誰か言ってみるとよいと思う。

韓国や中国は、侵略という言葉を日本政府が認めようと認めまいと、絶えず譲歩を求め、日本側の主張を受け入れることはないだろう。経済的に必要な取引は続け、利益になることは止めないで、虚々実々の強烈なアピールだけは続けると思う。

日本側が言葉を認めたがために、さらなる要求が生じるので認めない、そんな理屈が通用しうるのだろうか?何をどう言おうと絶対に通用しないのであって、抑制効果はない気がする。ならば、侵略を認め、再発防止の姿勢を貫くという方針に転換したほうが有利ではないか?

いずれにせよ、敵は自国内の立場の維持のために、必要と考えたら攻撃してくるだろう。最初から日本側の態度に関係なく、ただ戦力的なバランスしか考えない。日本の主張の正当性など全く関係ない。でも、たとえ中国やロシアであっても、日本を支配し続けるのは財政的に容易ではない。日本の制圧は可能だが、いったん攻撃してしまったら、自国の財政破綻が確実と思える。得るものは少ない。

日本側にとっては、非難合戦に引き出されるのは良策とは思えない。非難されたら再発防止、賠償請求されたら再発防止、実効支配されたら再発防止と訴え、こちらからは非難めいた発言はしない。そして敵の隙を狙う。それが生き残り策では?

誰か、この分野に詳しく先見性のある人の意見を聞いてみたいと思うのだが・・・

 

 

 

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