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2014年2月25日

ワールド・ウォーZ(2013)

- 要領得ない幹事 -

人類をゾンビに変化させる謎のウイルスが拡がった。世界各地で感染が猛威を振るうが、ワクチン生産ができない。元WHO職員の主人公は、家族の安全と交換条件に、発生源の特定の任務を引き受ける・・・

・・・ゾンビ化するウイルスを題材にした映画は珍しくない。最も評価が安定しているのはミラ・ジョボビッチ主演の「バイオハザード」だろうが、その他にもテレビシリーズ、マンガなどを合わせると凄い数だろう。だからアイディアとしての売りはない。画像の迫力は必要。

で、問題のCGは素晴らしいレベルだった。ゾンビ達が群れを成して壁をよじ登っていく様や、バスをひっくり返す映像、ヘリコプターに飛び乗ろうとする様、各々のゾンビたちのメーキャップ、顔や動作のレベルが非常に高くなっていた。他の作品で磨かれた技術を集大成したのかも。

主人公のブラッド・ピットは、もしかしてアクション映画に何作か出演する契約を結んでいるのだろうか?そんなに肉体的な迫力を持っているようには見えないが、本当にアクション映画が多い。この作品ではゾンビ相手に充分な戦いをやっていたが、バスをひっくり返してくるような力持ちのゾンビに対抗できそうな気はしなかった。

彼の妻の役で、テレビドラマの捜査官役の女優が出ていた。こちらは、映画ではキャリアが長いほうではないので、慣れていないような印象を受けた。あくまでブラッド・ピットを中心とした作品という企画だろう。でも、個人的には妻のほうがタフな顔つきをしていると思うので、妻のアイディアで問題解決の糸口を見つける、あるいは妻だけでゾンビを数十人ぶち殺すくらいの活躍をして欲しかった。そうすると、作品の印象もアップしていたろう。

ストーリーの最後のほう、どうやってゾンビ達に気づかれないように病原体を持ってくるか、そして計画が成功し、病原体によってゾンビ達の反応が変ってくるかは、ちょっと設定的に無理があったように思った。何かの病原体に感染した時点で、体の表面に出てくる物質にそんなに変化が来るものだろうか?仮にウイルスを構成する蛋白の産物が皮膚から出るとしても、凄く微量で感知できないのが普通だろう。

宿主を直ちに殺してしまう病原体の場合は、爆発的な流行はない代わり、断続的な大量死がやってくる。上手くワクチンを作れない場合は、長期間の戦いが必要になり、たぶん海外との交流を制限する心理が働き、観光や貿易で成り立っている国は破滅的な打撃を喰らうだろう。

映画のような病原体は滅多に出ないはずだが、脳炎を起こして狂犬病のような症状を起こす病気はありうると思う。突然変異か、どこかの風土病から大流行する未知の病気も充分にあると思う。

狂った人間が噛んでも力は知れていると思うが、やはり怖い。噛んでから十秒間で感染成立となると、脳に達する速さ、神経症状の変化の早さから考えて血液脳関門を素通りする必要があり、何かの親水性毒素を出さない限り難しい。もしくは神経伝達物質を出してるということ?一種の興奮状態?

バカ力を出して暴れるようになるウイルスなどは考えにくい。疲れを知らないという症状なら、麻薬に近い成分で可能だろう。でも、そんな成分を出し続けたら中毒になって、直ぐに意識をなくして動き自体が難しくなるはず。何かの調整機構がはたらいて、ちょうど暴れ続けるくらいの量に止めるとなると、実際には難しい。暴れている間のカロリー摂取、代謝はどうなるのだろうか?

・・・ウイルス対策に関して思うこと。

新型インフルエンザへの対応は、本当に酷いレベルだったと思う。感染防御のために空港で検疫のようなことをやり、ホテルに閉じ込められた人や、修学旅行で感染させた学校の校長が陳謝したり、最初に患者を発見した医院が診療を停止させられたり、思いつきで妙な対応をとることに呆れた。

国の機関、専門家、評論家などが論評や指示を色々出すのだが、基本的な態度というか、過去の事象への分析と理解、対応の決め方などに関して、そのレベルは高校生程度がせいぜいではないかと思った。一流の商売人のような人間を連れてこないと、今後も同じような馬鹿をやらかすのではないか?

弱毒性のウイルスだったので、抗ウイルス薬の使用量が多い日本の特徴から、結果的には外国よりも低い死亡率で収まり良かったものの、強毒ウイルスや耐性ウイルスだったら酷いことになっていただろう。ましてや、特定の体質の人には致命的といった特殊な性格を持つ場合は、流行は早く死亡率も特定の場合は高いという、やっかいな事態になるだろう。抗ウイルス薬が効かない病原体の場合は、どうなったろうか?

今も定期的に新型インフルエンザ対策が発表されている。強制力を持って医療機関を動かせるという方針は決まってしまったらしい。そうなると弱毒性で何もする必要がないような流行でも強制だあ!と叫ぶ担当官が出て来そう。診療が麻痺する地域が出て、苦情が出て方針撤回となる姿は予想される。その際も、きっと誰も責任は問われないだろう。

ワクチンの生産ライン調整の問題も、どうやら放置されたままのようだ。昨年は風疹ワクチンの入手が難しくなった。急に流行して、生産が間に合わなくなったためだが、余裕のある生産体制がないかぎり生産を認めないといった政策は難しいようだ。役人と会社側が癒着するからか、長年の業界の習慣のようなものか?

私も人のことは言えない。要領を得ない場合が多々ある。

いつか宴会の幹事をやった時、料理を頼んでおいたのに行ってみたら何もできていない。店側が忘れていたのか、担当した従業員の機嫌が悪かったのか?会が始まって一時間くらいたって、ようやく料理が並び始めたら今度は一気に持って来て、置く場所がない。結局半分くらいしか食べられないまま終わる最悪の宴会になってしまい、幹事失格と評価された。

他の団体への対応が先にやられてしまい、向うは急いだつもりでも我々は後回しになったのか?あちらとしては精一杯急ぎましたといった感覚か、もしくは調理場で大きなトラブルがあり、一時的に調理ができなくなるといった事態がおこっていたのかも。理由を聞いても教えてくれなかったので解らないが、1時間も料理が出てこないなど、全く予想していなかった。

幹事なら、事前に予約内容の確認をすることや、早めに料理を置いておくなど、ただの客とは違う準備が必要で、店に任せないといった常識的な危機管理ができていなかったせいだと思う。たかが宴会で適当に考えていた、ひどく常識のない店だったと言っても、それによって客が迷惑を被る場合は、幹事が責任を負わなければならない。

あの時は、店の対応のせいだったとは思うけど、自分も悪かった。感染管理に関しては役人達にも充分な対応が望まれる。幹事のような存在なんだから。

 

 

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