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2014年2月10日

屋根の上のバイオリン弾き(1971)

Ua

- 逆説と自嘲? -

ロシアの支配下にある田舎の村。ユダヤ人のコミュニティーに暮らす貧乏な家族の物語。娘達が結婚し、やがて集落全体に弾圧が加わるストーリー。

DVDで鑑賞。悲しい話だが、基調はユーモアにあふれている。

森繁久彌やの舞台がロングランになって題名だけは知っていたが、映画版の存在は知らなかった。偶然DVDを発見したが、たぶんツタヤでは定期的にビデオを店舗ごとに回しあって、隠れた古い作品を観たい客に探させてるんだろう。

主人公がバイオリンを弾く特技があるのかと勘違いしていたが、実際には別な若い男が弾いており、しかも実在の人間かどうか曖昧にしている。バイオリン弾きは古い伝説に基づく話らしく、強制移住を強いられるユダヤ人の象徴のような存在らしい。

主人公を演じていたトポルは、この作品の制作当時、実際には老人ではないはずだが、メーキャップと演技のせいで年寄りにしか見えない。ゴールデン・グローブ賞を取ったのもうなづける名演だった。ただ、ユダヤ人の物語が賞を取り易い傾向も否定できない。

テレビドラマで有名になったポール・マイケル・グレイザーが革命家の役で出演していた。目つきが鋭い点が良かった。

演出の仕方が面白い。娘たちが次々と意に反した結婚話を持ちかけてくる際に、いったん視点を変えて独り考え事をめぐらし、自分を納得させる時間がある。舞台風の演出をそのまま映画に持ち込んだのだろう。急に遠景になるのが変だが、面白いといえば面白い。

でも逆に考えると、映画向きの表現とは言い難い。何かリアルさを失った芸術作品のような雰囲気が出てしまう。どういった雰囲気を狙い、どこまで表現し、リアルな悲劇とするのか滑稽な田舎の話とするのかの見極めは、舞台と同じように考えるわけにもいかないだろう。

この作品の作者は実際に東欧の出身らしいので、実体験を混じえて作られた話だろう。たぶん、伝統を最優先する集落と言っても、時代の流れは感じないわけにはいかない。親の言う通りに結婚していた時代の感覚のままでは、海外にも移住する時代にはついていけない。かの国でも、世代間の対立はあったのだろう。

広大な農地の映像が印象的だった。家族を探して来たと言って、遥か彼方から歩いて来ているが、移動する距離の感覚が日本人とは全く違うようだ。地平線の彼方まで探しに行くような、そんな広大さに呆れる。

ユダヤ人たちが、なぜあんな地域に住んでいたのか、そのへんの経緯が解らない。元々は他の国に住んでいて、迫害を逃れて移住し、次々未開の地を開拓して、また迫害を受けて移住・・・といったことを繰り返した結果だろうか?

ロシア人達にも土地はあったはずで、間隙に住み着いたのか?開墾が難しい地域をもらって住み着いたか、あるいは奴隷の立場から徐々に自分の土地を所有するようになった結果なのか?私のイメージでのユダヤ人は、皆が都会で暮らして商売に勤しんでいる気がしていた。農民のほうが多かったのかも。

立派な教会を建てるまでには、たぶん相当な時間と資金が必要だったろう。あんな集落は、東欧のいたるところにあったというが、多数派住民からすると怪しい異邦人にしか見えないはずで、トラブルは必発と思える。

帝政ロシア時代のユダヤ人への迫害は、日本が日露戦争を戦う資金を融通する際に役立ったという話を何度か聞いた。先日の「坂の上の雲」でも、高橋是清がユダヤ財閥から資金提供を受ける話があった。本当の話かも知れない。

村を退去させられて、荷車を押して去っていくなんて、考えただけでも怖ろしい話。旧満州の開拓団の場合も同様だったろう。夢を求めて入植して、命からがら帰国を目指さざるをえないなんて、涙なしには語れない悲劇。もちろん、進出して来られた側の悲劇も忘れてはならないが。

そんな悲劇のシーンで、バイオリン弾きが登場して主人公と共に行動しようとするなんて、たぶん実在の人物ではなく、ユダヤ人の運命を特徴づける比喩的な存在として登場させたんだろうが、日本人の感覚ではセンスに合う良い話だった。狂気の混じったような笑顔を見せるバイオリン弾きの表情は、悲劇の場面に逆説的で自嘲的な笑いをもたらしていた。ああいった自嘲気味のセンスは、総ての国で通用するものではないように思う。

あんな悲劇の歴史を経ているからか、国を打ち立て、他の民族を押しのけ、世界有数の情報機関を持ち、高性能の武器も備え、超大国アメリカの協力を常に維持し、ある意味ではアメリカさえ支配下に置いたとさえ思える状況を作っていけるのだろう。生き残りの意志が極めて強いのも、当然と思える。押しのけられた民族は、たまったものではない。

 

 

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