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2014年1月11日

パシフィック・リム(2013)

Warnerbros_2

- 完成度高い子供映画  -

太平洋の深海から怪獣が次々と出現する。対する人類は、巨大ロボットを作って対抗するが、敵はさらに強大な怪獣を送り込む・・・

・・・怪獣映画の最新版、進化した映像技術によって迫力をうまく表現していた。さすがに大人が劇場で鑑賞するのは恥ずかしいので、DVDで鑑賞。

俳優達は、それぞれの役割を充分に果たせており、ちゃんと物語が成立していた。菊池凛子の演技は悪くなかったと思う。お色気の部分では不足していても、内面のトラウマの明瞭な表現に不足は感じなかった。他のSF映画に出演した韓国女優に似た人がいて、白人には判別がつかなかったかも知れないが、個人的には菊池のほうが数段上のレベルの印象。

主役のチャーリー・ハナムという俳優は始めて見た。この作品の主役としては充分な個性。表情が理解しやすく、体力があって若々しい印象も最適だった。

監督のギレルモ・デル・トロは、今のSF映画監督の第一人者かも知れない。単なる子供映画のレベルではなく、作品として成立しうるような細かい部分、いい加減で構わない部分の判別、迫力の出し方や、CGと俳優の演技が必要な部分とのバランス、そういった総合的な能力に関して、もはやスピルバーグなどが敵わないレベルを感じた。

トランスフォーマーの映像と良く似た画像だったと思うが、重量感の表現がまた一段と進み、早すぎて解りにくいといった表現上のミスもなくなり、子供映画を大人の技法で作ったような、センスのレベルの違いを感じた。

アニメや怪獣映画に夢中になった連中も、いろいろな成熟の仕方がある。とことんオタクとなって、本人しか解らないセンスに閉じこもり、一般の観客に理解不能な作品を作る場合もあり、とくにB級映画に強い影響を受けた作品は、格好ばかり気にする妙なヒーローがポーズをとって笑いたくなる。この作品は、私の感覚ではそんな愚を犯していない。

ただし、本来の敵である異星人らしき連中の怖さが足りなかった。少し登場して、たいした印象も残さないなんて勿体ない。ヒロインのトラウマの強さの表現や、中国とロシアの兵士の扱いなどが典型的すぎて、子供レベルのまま。

できれば子供映画でも、ストーリーの面での高いレベルは必要。子供映画こそ、苦しさや失敗を表現する大悲劇が必要だと思う。涙が欲しいのだ。意外にもギャグは必須ではない。子供は、映画を観る場合にギャグを期待しているわけではなく、大人の物語から何かを感じたいと期待することが多いように思う。難解すぎない程度の、真面目な物語に徹したほうが良かったと思う。

日本の怪獣映画の影響は本人もメイキング編で述べていたが、非常に大きいものがあったようだ。その感覚を、原題のCG技術で再現すると、こんなレベルに達するのだと感心し、逆に日本のSF作品の保守化、幼稚化に呆れる。

日本の場合は、アニメが中心にならざるをえなかった予算の問題があるように思う。CGのスタジオが成立するだけの市場は、基本はアメリカにしかありえなかった。技術もそう。だから、高いレベルのアイディアを表現できるのはアニメだけ。才能はアニメ界に流れて、そのままオタク化して時代遅れになりかけている。特撮がそのまま進化するには限界があったように感じた。

素晴らしいアイディアがあっても、それを大きな潮流にし、しかも最先端レベルのまま維持するのは難しい。世代間の交替の問題もある。次々と新しいアイディアを出すためには若手の成長を促し、老体は身を引く姿勢も必要だが、過去の栄光にすがって勇退の時期を逸する人物が多いと、結局は組織の力を損なうというのもパターン。日本の場合は戦後の復興時期の成功伝説が、長期的な成長の足を引っ張った感はある。怪獣映画の業界にも、それがなかったろうか?

でも、これからは解らない。日本のCGが逆襲する可能性はある。CGのスタジオは、おそらくインドあたりにできている。アイディアとセンスさえ良ければ、インドや欧米を始め、世界中を市場にして売り込めると思う。アトムやウルトラマンなみのアイディア、個性があれば大ヒットもありうる。CGのレベルを決定するソフトの開発、技術の蓄積、感性さえ磨ければ、明日の第一人者が日本から登場しても不思議ではない。

 

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