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2014年1月20日

告発(1995)

- ヒーローは裁判長 -

アルカトラス刑務所に収監された男が、自分を裏切った男を殺した。裁判で弁護を担当する新人弁護士は、刑務所の実態を問題にしようとするが、政府や家族から妨害を受ける・・・

・・・実話を元にしているという。DVDで鑑賞。

ケヴィン・ベーコンの演技力には感心した。動きや表情が、完全に病的な犯罪者としか思えないレベルに達していた。彼が息の長い活躍をする役者とは最初は全く思っていなかったが、個性あふれる顔つきと的確な演技で、名優と言える立場になってきた。

でも、この作品ではやり過ぎの表現だったのかも知れない。本物の受刑者は少し知能が足りないような、会話の表現力が低次元に留まる人間だったのかも知れない。精神異常や知能の表現に関して、何かもっと深めることはできたかも知れない。

クリスチャン・スレイターの役柄は、彼のほかの作品とはかなり違っていた。この作品の純粋な努力家といったキャラクターを、忠実に演じ切れていたと思う。ただし、強い印象に残る役柄ではなかったかも。

悪役のゲイリー・オールドマンは、日本人の感覚ではサイコキラーに非常に合致した風貌とは思えないのだが、独特の個性を際だたせているようで、この作品でもかなり気味が悪い。かといってオーバー過ぎず、適度な演技だったと感じた。

彼らのように息の長い俳優の共通点は、印象を残しながらも度を越さないクレバーな点かも知れない。

この作品は残虐なシーン、猟奇的なシーンもあり、子供には見せないほうが良い。恋人と観ても面白くないし、趣味を疑われそう。これは同性の友人と静かに観るなら良いかも知れないけど、楽しみたい時に選ぶ作品では全くない。

映画で登場する裁判長に敬意を覚えた。日本の司法界で、あのような人物がいるのだろうか?この作品では弁護士の活躍で話が進んでいたのは確かだが、裁判長の判断でもって、真相を暴く道筋が決まったと思う。真のヒーローは裁判長や、米国の司法の伝統、底力であろうかと思った。

本来なら、殺人者の罪の証明に限って論争をすべきというのが通常スタイルだと思う。したがって、刑務所の状況に話を変えるのは論点の逸脱という異議がかかり、異議を認めます・・・ってな調子で真相解明から遠ざかるのが普通。

考えてみれば、そのような異議によって、幾多の真相が隠匿され、不当な裁判結果に陥っていたのだろう。実際の裁判の傍聴をしたことがないので解らないのだが、日本でも欧米でも、サラリーマン的な判断をする裁判官は多いだろうと想像する。

米国政府を相手取っての対決に踏み切れる勇気は、弁護士にも必要だが裁判長にも必要では?おそらく日本では、司法界内部での立場に関して、何かの悪い影響がある。政府や与党に配慮した何かの裏工作、または配慮を利用してライバルを葬ろうとする他の裁判官によって、あの裁判長は体よく他の部署に配置転換される。

あの裁判官と他では、職務に対するプライドのようなものに、大きな違いがありそうな気がする。そして、それを可能とする独立した立場の保障も必要。国に尻尾をふる必要がない状況を作らないと、裁判官とて流されるだろう。

ここで電力会社に関して・・・

原子力村と言われる集団に関して、最近は批判的な論評が目立つ。大きく言えば電力業界と、それに関連する政官界、マスコミや広告業界は、原子力発電を維持発展するためにシンジケート的な活動をしているらしい。私達が生まれる前からの伝統で、どんなに憤っても仕方ないのだが、論評が正しいなら改革が必要と思う。

文芸春秋に掲載された河野議員の手記を読むと、彼のような有名議員でさえ、通産省の役人を中心とした勢力の抵抗にあって、電力事業の分割の意見を通せなかったという。また、最近有名な匿名の役人の小説でも、電力会社の意に反する官僚は出世できないなど、裏工作が効果を発揮しているそうだ。

これらの文書は、どこまで真実か解らないが、裁判に関しては裁判所内の人事や、職員の退官後の仕事の斡旋などを通して、原子力村が判決に関与していた可能性も非常に高い。もし裁判で原発敗訴となったら、おそらく次々と廃炉に追い込まれる発電所が出る。それを避けるため何でもやったろうと思う。

判決内容を見越して裁判官を選ぶ工作などは、やっていたかも。上層部に取り入れば可能。そうでないと、総ての裁判で原発側が勝訴するなど考えられない。天下りが許される限り、この種のミスリード的な工作は避けられない。退職者の権利を侵害することになっても法を改正し、ある程度の規制は必要と思う。実現が可能かどうかは別として、国の良き方向を考えるなら、それが当然。

空想のような話だが、裁判官や現職官僚の出世が上層部の都合に左右されては困るので、局長以上の役人の人事は外部に移管すると良い。どんな組織でも、組織内部に人事権を持たせたら独断的な動きが出ることは当然。善意による、能力と人格だけでの人の評価なんぞ、できると考えるほうがおかしい。必ず恣意的な不正が起こる。民間企業なら構わないが、官公庁では許されないこと。そこを改革しないと、機能不全を起こす。

考えてみれば、大臣も副大臣も事務次官も全員が原子力村の一員では、正常な判断などできるわけがない。現状はそれに近いものではないかと疑われる。仮に大臣だけ原発反対派でも、独りでは何もできない。自浄機能が働くように、外部に決定権を持たせるべきでは?夢想、空想のレベルだが。上層部の決定的な立場の人間に限って、出世を外部の人間に決めさせるべきだろう。裁判官もそう。

もちろん、介入は弊害も大きい。ど素人の民間人が、優れた役人を排除してしまう危険性はある。官庁内部での統制が破綻し、部下達が勝手な行動をとって、仕事の効率が下がる危険性も高い。国家機密が漏洩する危険性もある。どちらを優先するかだが、電力事業に関しては、機密の問題はないように思うんだが・・・

税金から給与を得る者の進退は、すべて国民が把握し決定すべきというのは常識的なこと。また退職金を得る場合も、その去就に国民の手が加わらなければおかしい。民間人とは違う。これが常識だったと皆が思える日も来ると思う。今のままでは、三権分立など絵に描いた餅。選挙や審査を経ない勢力が抵抗するのに対し、選挙で選ばれた議員が対処できていないのが現実。

小泉氏と細川氏が、ともに原発廃止を訴えていることは興味深い。もしかしてだが、ここで安倍総理が舵を切って原子力村の勢力を排除したとすると、おそらく安倍氏への支持は底知れぬものになる。史上最高の名総裁になれる。つまり国民の願いを聞き入れ、反動勢力と戦った名君という称号を得ることができる。

また、声高に小泉氏らが反原発を唱えるということは、今の電力業界以外の新しい企業が電力事業に参入するため、揺さぶりをかけていることを意味するとも思える。資金的な支援がないと、小泉氏だって動けないだろう。新規参入企業に利益分配がなされなければ、原発の稼動に反対などの圧力をかけられる。純粋に、それだけの問題かも。

これは大きなチャンスだと、おそらく多くの議員たちが気づいているに違いない。役人だって、自分が利権の分配に関わり成功すれば、新しい業界のリーダーになれると知っているだろう。利権が分配され大きな勢力の転換が起こりそうな、そんな予感がする。ただし、代替エネルギーの確保ができないと困る。しっかりしたエネルギー政策のデータが得られれば良いのだが、都合の悪いデータは通産省が隠すはず。でも、原発から離れるドイツの試みが根拠になるかもしれない。

 

 

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