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2013年12月24日

プラチナデータ(2012)

- スピード感が欲しい -

遺伝子情報から人物像を解析し、犯人を特定できるシステムが開発された。ところが、その責任者は自分自身が犯人と特定されたことを知る・・・

・・・東野圭吾の原作を映画化したそうだが、原作はおそらくベストセラーになっており、この作品もかなりヒットしたに違いない。でも劇場では観なかった。宣伝を見た記憶もない。忘れているだけだろう。DNAがらみの犯罪者検索システムは、もはや古い話に感じるから興味を惹かなかったせいか?

トム・クルーズが同じように追求される映画があった。「マイノリティ・リポート」だ。クールな責任者、それが逆に自分が追われる立場になると、システムの怖さが際立つという寸法だ。トム・クルーズの役は科学者じゃなかったので、アクション映画が成立していた。

Touhou

巨大なモニターを並べた研究施設の映像には迫力があった。はるか天井まで、数々のモニターが並んでいたが、あれはシャープ亀山工場製品が大量に売れ残って、横流しによって入手したに違いない・・・嘘だが。

モニターの画質を薄く感じたのは、実際のモニターには写さず、何かのスクリーンに後で合成したからか?あの画質は、ハリウッド製のSFとはなぜか違っていた。それが効果的だったとは感じなかった。鮮明なほうが良いと思う。

二宮和也が逃走する科学者、追う刑事役を豊川悦司が演じていた。二宮和也は二役を演じ分けており、演技をかなり工夫している様子が感じられた。逃げるシーンの動きもジャニーズだから非常に良かった。ただし発声法に問題があるのか、セリフを聴き取りづらい場面もあった。

豊川悦司のほうは渋く良い味が出ていたが、この作品がもし緊迫感を狙う趣向だったら、犯人を追うシーンでは激しく追う様子が見てとれたほうが良いと思うのに、のんびり追っかけている気がした。もともと動きが早い俳優ではないし、そろそろ齢だから仕方ないのか?

全体に、スピーディーな展開は狙っていなかった様子。そのせいか、冗長で緊迫感に欠けるかのような印象を受けてしまったが、カーチェイス、爆発、街中を逃走するシーンなど、結構なアクションシーンもあった。全体のスピード感の統一に関して、編集側に要領を得ない部分があったのかも。

ジェイソン・ボーン・シリーズは、カメラの位置や構図が早いスピードで変り、ちょうど人間が運転していたら次に何を見るかといったセンスに基づいて、素早い視点の切り替えをやっていた。それで何と言うことはないシーンが、凄いスピーディーなシーンに変っていた。あんな手法は使えなかったのだろうか?

モデル出身の杏が謎めいた女の役を演じていた。スタイルの良さは流石だったが、二宮とのバランスを考えると、無理も感じた。謎めいた雰囲気を優先すると、作品全体の雰囲気もゆったりとしたものになる。ゆっくりした映画を作ると覚悟してるならいいが、全体の中でのバランスは相当考えないといけない。彼女の衣装の変化にも違和感を感じたが、私だけだろうか?

生瀬勝久というと、私のイメージではサラリーマンNEOの妙な上司、もしくはカツラをつけた刑事役。警察庁内部のエリートの雰囲気は全くない。喜劇的な面を描きたいのでなければ、彼をキャスティングする理由はないと思った。演技自体は上手かったが、イメージが合わなかった。鈴木保奈美のキャスティングに関しても、自分にはよく解らない。

全体を、もっと短くしたほうが良くなかったろうか?長く感じた。この作品は、子供なら受けるかも知れない。若い恋人となら、満足できるかも知れない。いろんなSF、刑事もの、サスペンス映画を観てきた人達には、多少の違和感が感じられるような気がする。私だけかも知れないが。

DNAの情報の管理の仕方は気になる。犯罪者に関しては、少なくともRFLPのような簡単な指標は記録されているのではないだろうか?RFLPなら疾患や資質の情報とは言えないので、倫理的問題は薄いと言い訳できるかも。総ての遺伝子情報の解析には金と手間がかかりすぎるので、個人を特定することだけに関して、こっそりとデータを集めているに違いない。それが法的にどうかは知らない。

仮に拘置所や刑務所に入った時、健康診断はされるのではないか?入所中の健康管理の目的といえば、血液の採取は問題ないように思える。でも、その際に充分量のDNAを採取することは簡単。説明する義務があるとも言えないかも。勝手にDNAを抽出した際に罪を規定した法律があるのだろうか?

厳密に言えば、検査をする場合に血清のみ使うかどうか、目の前で血球部分を廃棄するかどうか、受刑者や被拘置者に文書で了解をとらないとけないだろう。犯罪者と言っても、個人情報を守る権利はある。

病院で受けた採血検体を使って実験して問題になったケースを何度か聞いた。自分も、患者さんの検体から得られたデータを勝手に発表したことはある。いわゆる症例発表。一般的には非倫理的とは考えられていない。

個人名が解らないから構わないだろうと軽く考えていたが、肝機能をチェックしますと説明した検体から、インスリン値などの検査項目を検査し、それで統計を取ったりしたら、厳密に言うと倫理に触れるかもしれない。でも、そうなると採血一本採るのに数時間の説明と契約書を要することになり、現実的ではない。

DNA情報の場合は間違いなく、倫理面に大きな問題を感じるから発表には使っていない。でも学会ではやり放題と言える。大学病院では時々HLAの検査を受けてもらっていた。HLAで個人を特定はできない。でも、おそらく当時の患者さんたちは、ことの意味を理解してはいなかったのではないか?HLAの情報は、検査会社を通じて移植業界に伝わり、犯罪に絡む可能性はある最も怖い情報。

実際の臨床の場では、DNAだけで人の運命が変るとは思えない。何にいつ感染するか、何に暴露されるかによって、体の大きさや各臓器の機能まで大きく変ると感じる。栄養状態の変化によって、日本人の体型が大きく変ったように、顔貌まで変りうると思う。例えば感染によるホルモンの微妙な変化や、体調の悪化による精神状態の変化によっても、表情や姿勢などは変るのでは?カルシウム代謝に食事や感染が影響すれば、骨格だって大きく変ると思う。

DNA情報から顔まで描出するのは、だから限界があると思う。一定の幅を設けて、こんな顔からこんな顔まで、といった例示は可能かもしれないが、それでは映画のような見事な割り出しには使えない。

ただし、情報一般については権力者が自分のデータを秘密にしたがることはありうる。警察側は予算を確保するために、高級官僚や有力者と取引をしないとも限らない。おそらく資産に関しては、法的に微妙で明らかに違法と言い切れないものは、猶予をもらうなどの取引はあるのでは?検察、警察側も、明らかに有罪と立証できない微妙なケースは手を出しにくく、取引材料にしようと考えるのでは?DNA情報は資産との関係が薄く、切実な意識がはたらきにくいし問題にもなりやすいので、特別扱いは難しいと思う。

原作を読んでみたい気もするが、時間が勿体ないようにも思える。基本となる知識のレベルに疑問を感じる。研究者達を集めてアイディアを問えば、もっと映画向きの話を作れそうな気がする。こんなテーマは、おそらく海堂尊のほうが得意かも。

 

 

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