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2013年12月 6日

スリーパーズ(1996)

- イタリヤ系礼賛? -

ニューヨークの下町で育った不良4人組。事件を起こして少年院に送られるが、そこで彼らは看守の虐待を受け、心に大きな傷を残す。やがて成長した彼らの前に、かっての看守が現れる・・・

・・・・ブルックリンあたりのイタリア系の少年達の日常を描く時間が長かった。カトリック教会の神父が彼らのことを気にかけ、彼らもまた神父を信頼しつつ、ギャングの仕事を手伝ったり、イタズラを働いたりする様が自然に描かれていて、ギャング映画の冒頭部分に近い。

ノスタルジックな部分は、「スタンド・バイ・ミー」のイタリヤスラム版。この世代の人たちにとっては、自分達の思い出とからむ話だったんだろうと想像。

途中から話が変わってくる。少年院の入所者同士ではなく、看守からの虐待が中心となり、やがての復讐劇につながるという流れ。その点が非常に変った作品だった。「ショーシャンクの空に」と似たような話に変ったことになるが、刑務所内部の描写にほとんどのシーンが占められていなかった点で、趣向が違っていた。

演じていた中で最も印象に残ったのは、看守役のケヴィン・ベーコンだった。もちろん良い人物ではないが、存在感は素晴らしかった。職業上の立場をかさに、少年達の権利を踏みにじっていく場合に、あんなふうに話すだろうと思える話し方が実にいやらしかった。元々の個性的な顔が非常に役立っていた。彼が「フット・ルース」で良い役を演じていたのは随分と昔の話。個性を生かして、今も悪役を中心に息の長い活躍ができるのは、確かな個性と表現力があるからだろう。

この当時のブラッド・ピットは印象に残らない。最後に仲間とくつろぐシーンも演技臭い。ミスキャストだったかもしれないと思ったほど。

主役のジェイソン・パトリックにも存在感を感じなかった。熱情や、苦しみ、過去のトラウマなどを表現するためには、もっと別な俳優のほうが良くないだろうかと思った。演技は下手くそとは思わなかったが、とにかく目立たない印象。

ロバート・デ・ニーロやダスティン・ホフマンまで出演していて、この作品は出演料がどうだったか気になった。イタリア系アメリカ人の映画だからか、マフィアの親分の扱いが良く、ヒーローとして描かれていたが、イタリア系礼賛映画として、安いギャラで納得したのだろうか?

また、その他にも疑問点あり。実際問題として、ニューヨークの少年達が大勢いそうな場所に、のこのこと看守だった人間が行くだろうか?普通なら別な地域に移住するだろう。それは特に悪徳な看守に限らず、普通に仕事をしていた人間でもそうだと思う。任務の必要性からでも少年達を殴ったら、後年かならず復讐して来る。その頃、自分の体力は衰え、職務上の立場もない。それは怖い。

だから、滅多にニューヨーク出身の連中が来ない遠い地域に、ひっそりと暮らしていることが多いはず。単独行動はとらない。この作品のような状況は、かなり稀だと思う。

良い作品だったのだろうか?子供達が観るには、ちょっと辛い映画のように思う。犯罪を犯したくないという気持ちにはなれるかもしれないが、異常な性的倒錯者に興味を持ってしまう人物も出かねない。恋人とこんな作品を観ていたら、なんだか辛くなりそうな気もする。デートでこんな作品を選ぶ理由は考えにくい。

法廷劇は盛り上がったのだろうか?普通は勝つか負けるか解らないから盛り上がる。筋書きも解らない、検事や弁護士の戦略、真の狙いなどが明確でないことが必須の条件のように思う。この作品は中間地点でブラッド・ピットの計画が解ってしまう。裁判になったら、思った通りに事が運ぶ。それで良かったのだろうか?作者の狙い通りだったのだろうか?

普通ならそうではない。上手く行くだろうと解っていても、何か手順通りに事が運ばず、思わぬ邪魔、裏切り、強力な敵対勢力などによって緊張する。それが面白味であり、まどろっこしいほどに手際が悪いように演出しないといけないのでは?その点、この作品は理解できない演出だった。

現在、イタリア系マフィアは黒人の犯罪組織に取って代わられたのだろうか?映画では、そんなシーンがあった。麻薬の扱いなどに関しては、黒人達のほうが積極的だったのかもしれない。より劣悪な育ちのほうが、無鉄砲な殺し屋を抱えることができて、組織としては強くなれるだろう。でも、イタリア系も形を変えて隠然たる力を持っていないはずはない。

この作品ではボスが完全にヒーロー扱いだった。それは少々おかしい気もした。映画製作にマフィア系の資金が関与していないか?そんな疑いすら持った。

 

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