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2013年12月31日

デルス・ウザーラ(1975)

Herald

- 黒澤節の悪い面 -

ロシア軍の調査隊の隊長は、森林地帯で狩人のデルスと知り合う。命がけの探検で深い友情の絆を持った二人だったが、デルスに衰えがやってくると・・・

・・・年末年始は名画だぜってことで鑑賞。ソ連時代に黒澤監督が作った作品で、もとは共産党員だったらしい監督にソ連が好感を持ち、招いたのでは?当時、大変な話題作だったことを覚えているが、ビデオかリバイバル上映で観た時は暗くて解らないシーンも多かった印象。今回はDVDで鑑賞。画像は鮮明だった。

探検家の小説~探検記が原作らしいので、誰かモデルのいる、かなり真実に近い話なのかも知れない。デルスのキャラクターは創作かもしれないが、実際の人物としか思えないほどの存在感はあった。

デルスのキャラクターが総てだった。自然に敬意を払って生きる日本人的な感性、古来の原始的な伝統に基づいた生き方、厳しい環境を生き抜く知恵が圧倒的な存在感を持っていた。映画の題材として、この以上のキャラクターを考えにくいほど魅力的。

デルス役の俳優の顔や体つきが素晴らしい。小熊のようなずんぐりむっくりの体型は、スターウォーズの森林小人族をイメージさせる。頭がやたら大きく、俳優を目指すのは無謀としか思えない無骨さだが、こんな映画では貴重なキャラクター。

この作品は子供でも鑑賞できるだろうとは思うが、楽しくはない作品なので喜んではくれないだろう。もっとコメディの要素があっても良かったような気がした。デルスと隊員達が仲良くなる遊びのようなものが欲しかった。

他にないような抜群の設定。空前の名作映画にすることも可能だったのではないかと思う。遊びのシーンを設けて、味わいを強める工夫、叙情性を押し出す演出、子供を使って涙を誘うなど、方法はいくらでもあったように思えた。

上映時間が長すぎて、冗長な印象も受けた。監督独特のこだわりを感じるシーンは特にそうで、さすがに耐えられる観客は少ないのではないか?黒澤映画の後半の作品はたいていそうだ。

言っては悪いが、監督の後期の作品は編集のセンスに問題を感じるものが多い。アイディアも枯渇しつつあったのかも。思うに誰か他の客観的な視点の人間に編集を依頼していたら、黒澤監督は映画監督の歴史上の圧倒的No.1だってなれたかも。

良いシーンも多かった。再会したデルスと隊長が、倒木を隔てて抱き合うシーンは、他の作品で三船と志村が互いに相手に相対するのに似ている。お約束の感情表現だが、好感を持てる。

焚き火を前に、デルスが自分の家族のことを話すシーン、自分達の死生観、自然に対する感覚を話すシーンは印象深い。ただ、夜の会話が何度かに分割されているので、構成としては山がバラけてしまった印象も受けた。

荒野で道に迷ってしまうシーンは、実際には風がないのに無理に送風機で風を送っている関係か、遠方の草が揺れていない。雨のシーンも同様。あれでは白けてしまう。背景を工夫するなどして、現実味を出そうとは思わなかったのだろうか?

たぶん、ハリウッド映画なら膨大な予算を使って、画面全体に風を吹かせてみせる。日本映画なら、カメラの位置をもっと高くして、周囲の見える領域を制限し、送風機の力が及ぶ部分しか写さない。あのロケ地は、平坦かつ広大すぎた。

デルスとの別れのシーンは、あっけなかった。流れから考えれば、デルスとの別れは彼の死を意味することが明らかなはず。重要な涙の別れになるはずだが、DVD版ではサヨナラ、以上終わりってな感じであっけない。他を削ってでも時間を取って欲しかった。もともとなかったのだろうか?DVD化の時に編集したのか?欧米とは全く異なる生き方を、叙情的に描くことに専念すれば、少なくとも感動の度合いは違っていたと思う。多くの観客が涙を流すラストシーンもできたはずと思うが・・・

叙情的になりすぎるのを嫌ったのか?広大な大地で生きていく人間には、この世の別れにおいても叙情的な弱さは必要ないということか?私には解らない。

音楽も、シーンとチグハグな印象を受けた。外人が相手で、監督のイメージを説明するのに無理があったのだろうか?全体として、叙事詩のような雰囲気が感じられず、せっかくの題材が荘厳な物語にはなれていないように思えた。デルスはロシア人ではないから、ロシアの音楽は必要ない。東アジアの民謡や、エスニック音楽、効果音を中心にすべきだと思う。

デルスの顔は、日本の田舎の村でも似た人を見かけそうな気がする。我々の御先祖と共通する遺伝子を持っているのだろう。さすがにデルスと日本の美人女優達が同じ人類とは感じにくいが、底のほうではつながっているのだろう。

あんな森林地帯で、猟をやって生きていけるなんて信じがたい。広葉樹、果物が豊富なら猟で生きてもいけると思うが、普通なら魚を採ったほうが効率が良いし、牧畜、木の実や穀物の何かを少しでも栽培したほうが、生き残る可能性が上がる。たぶん、中には猟の腕に賭ける者もいたということでは?

実際に沿海地方には同様な民族がたくさんいるのだろうが、中国人~満州族も毛皮を求めて多数活動していたはずだし、大がかりなワナを作った犯人は中国人をイメージしていたのだろう。歴史上は満州族の領土か、もしくは国が形成されていない時代も長かったはずで、半農半猟の住民が細々と暮らしてたのか?

我々には自然の中で暮らす民族への憧れ、哀悼の意識がある。日本でも田舎のほうは、つい最近まで似たような生活をしていたのだから、当然だ。そんな生活にはもう戻れないからこそ、憧憬や郷愁に近いものを感じる。その郷愁のような感覚は、上手く描けていなかったと思う。

 

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