映画評

  • 当劇場は劇場主のための映画館です。訪問者を期待しておりません。内容の客観性、正確性は保障できません。でも、真摯な批評を目指します。

劇場主

  • 乙女座 AB型 どの占いでも最悪の運勢 内科クリニックやってます。

Conflict of Interest

  • 特にありません。

おことわり

  • 当劇場は誹謗中傷を目的としておりません。もし権利を侵害されたと感じられた方は、申し訳ありませんが管理会社や公的機関に御相談ください。

« グランド・イリュージョン(2013) | トップページ | つやのよる ある愛に関わった、女たちの物語(2012) »

2013年11月 6日

突撃(1957)

Mgm

- 組織的失敗 -

舞台は仏独戦線。世論対策のために、無茶な攻撃作戦が敢行された。しかし結果は惨敗。戦闘拒否の罪を裁くため、軍事法廷が開催される・・・・

・・・若かりしスタンリー・キューブリックが監督した戦争映画。当時としては考えられないほどリアルな戦場の映像が素晴らしい。そしてテーマも非常に辛辣で真面目。ヒューマニズムと戦争の葛藤を正面から扱い、描き方も実に見事。役者もスタッフも高いレベルで、熟練の手腕のように感じる。でも監督は30歳前だったようだ。

この作品は名前しか知らなかった。キューブリック監督というとSF映画作りのイメージがあり、古い作品をあまり観ていない。元々はドラマ作りや脚本、アイディアの素晴らしさで売っていた映画人だったようだ。この作品はDVDで鑑賞。画質も音質も充分だった。

原題は‘栄光への道’という、ちょっと皮肉った意味だろうか?戦争映画の場合は、子供の頃のイメージだと「史上最大の作戦」のような、敢闘精神を中心とした勇ましいものが代表に思える。軍事法廷を静かに描くような映画は、別な作品で観たい。その関係で子供時代は知りえなかったのか?

今の時代でも、この作品は子供には向かないと思う。大人の中でも、子供子供した人間には価値が解らないはず。恋人と観る映画としても、あんまり勧められない気もする。人間関係や社会悪に関する作品は気が重くなるから。舞台劇にも使えそうな題材なので、舞台に関心がある方は、かなり気に入りそうな気がする。

ストーリーは、かなりの部分が実話らしい。おそらく、どこの戦場でも戦線のいたるところで繰り広げられていた話だろう。第一次大戦中のイギリス軍の無茶な攻撃は有名だが、もっと酷い命令が下って、万単位で日々戦死していたはず。たぶん、戦線離脱で殺された兵士も多かったのでは?

この作品は、ベトナム戦争をイメージしていたのだろうか?たぶん一般的な戦争を対象としていただけで時期的にまだ早いと思うが、多少は類推させる面があったのかもしれない。

昇進や配置換えをネタに、部下を動かす司令官は多いと思う。今の一般の会社でもそのはず。何かの脅しがないと、嫌な命令には誰も従いたくはないだろう。政治的な理由によって兵士に犠牲を強いるなど言語道断と思うが、実際には軍も予算を獲得しないといけないので、必ずそうなのが戦場だろう。酷い話。

カーク・ダグラスの存在感は抜群だったが、敵役となる将軍のほうも負けていなかった。堂々としていて、ある意味において勇ましく、魅力的。あんな上官、上役は実社会でも多い。出世志向が強い負けず嫌いの人物は、あんな感じ。変に悪人面をしていたら、作品のレベルが下がる。あんな人物は仕事はするから高い評価を受ける。そして、組織全体の利益が損なわれ自滅するのが歴史のパターン。

とぼけた表情の司令官、怖気づいた部下、犬死していく兵士達、皆に実在しそうな雰囲気が感じられた。劇としてのレベルが高い。

ただし、ラストでカーク・ダグラスが司令官に楯突くシーンは少々オーバー。もっと兵士らしい節度を保ちながら、しかし意見を明確に言うスタイルを保ったほうが良くなかったろうか?クールさが足りない。このラストについては若い監督と意見の相違があったそうだから、大スターであるダグラスの意見が悪い方向に出てしまったのかも。

もしもの話、ラストでダグラス君が昇進し、将軍が更迭されてめでたし、ダグラス君がしてやったりとニンマリ笑っていたりしたら、もっとリアルな‘栄光への道’を描けたかもしれない。さすがに当時の映画の感覚では難しかったろうけど。

突撃していくシーンには迫力がある。近年の映画では画面自体を振動させたり、音響効果や様々なテクニックを動員して、もっと怖さを演出できているようだが、この作品も凄い。兵士といっしょに移動していく撮影は、たぶん相当難しかったのでは?実際に爆薬をかなり使って、人が投げているのかもしれないが物が飛んでくる中で撮影したようだ。

塹壕の中を移動しながら兵士を鼓舞するシーンの役者達の表情は素晴らしい。緊迫感が充分に感じられた。いっぽうで、厭戦気分や死への恐怖におののく兵士の様子も、オーバー過ぎないように適度に表現してあって、その視点に敬意を感じる。いかに勇敢でも、緊張感が漂わないはずがない。おそらく吐き気を覚える兵士も多かったはず。

後半はほとんどが法廷や留置所のシーンで、裁判の勝敗を争う静かな緊迫感と、その後の非人道的な決定に対するヒューマンドラマの話になるから、起承転結のごとき場面と雰囲気の変化が感じられる。

ドイツ人女性が歌を歌うシーンは、人道面を思い出させる大事なシーンだったようだが、少し演出に無理を感じないわけでもなかった。何かの前置き、例えば女性の前に兵士達が徹底的に敵を罵倒するひどいシーンがあったほうが良い。敵の捕虜を殴ったりするような場面が。少し残虐さが足りない印象を受けた。

戦場における規則、軍隊の内規の類をよく知らない。

例えば、味方を砲撃せよという指令を受けた時、文書による命令でないと従うなといった規則はあるかも知れない。事実関係を記録し後で責任を押し付けられないために、部下は証拠を残す必要がある。味方を殺したら、死刑を喰らう危険性があるから仕方ない。自衛隊の場合は、どう決まっているのだろうか?

命令が出ても状況判断して進軍しなかった場合、その責任をどう処置すべきかは全然解らない。まったく処罰しないと誰も進軍しないので、何かの罰則はあると思う。いっぽうで、無茶な攻撃を命じる司令官がいると悲惨なので、司令官側にも何かの罰則はないといけない。そのへんのルールも知らない。

想像だが、我が国は何にも決めてないのでは?上司には従うべし、罰則は不明、適時判断、そんなレベルのような気がしてならない。勘違いなら申し訳ないが。

軍隊のルールに関連した話だが、情報保護の法案が成立しそうだ。自衛官の情報漏洩や、尖閣でのビデオ公表が誘引となった発案らしい。某国からの要請もあるのだろう。軍事機密に関しては確かに漏洩は死活問題。特にイージス艦の情報を漏らすようでは同盟関係が危うくなる。何かの規定は必要。でも、今まで裁判所まかせで罰則規定がなかったのか?まさかありえない話だが、我が国ではありうる。

軍事関係の情報の多くは、当然ながら機密扱いになる。でも、規定次第では軍に国民が介入できないことになる。法律を決めている人達は、そこに危機感を感じないのだろうか?某国からの要請で否応ないのか?今決めている人達が節度を守っても、後輩達がそうとは限らない。今後クーデターが起こった時、法案がどのような結果をもたらすか想像がつくのだが。

秘密にできる情報の内容をどう限定するかが重要で、担当者の勝手にできない仕組みが必要。でも、そこは曖昧なままにされているようだ。軍事以外の情報、例えば役人間の密約や出入り業者のワイロのような内容も隠匿されると、国民の不利益も予想される。そこを明示しないまま可決されると、手のうちようがない。隠匿が合法的になると、組織の機能を保てないことを、国会は気にしないのか?

国会の状況から考えて可決されるだろうが、本来なら指導部が暴走した場合を考えて規定すべき。効力の制限が必要で、様々な点から権力の暴走は避けないといけない。規定が曖昧だと、必ず暴走する。今の時点で現実感がなくとも、将来は必ずそうなる。

内閣の認定で永遠に隠匿できるといった報道もあるが、それは歴史への敬意がない人間にしかできない考え。襟を正し、将来に対する自分の責任を再考して欲しい。・・・もともと襟のない服を着てるのかも知れない。

批判ばかりやっても仕方ないので、例を挙げて個人的意見を述べる。つまり自分が隠匿の決定に関与する役人だったらどうするか。

①尖閣のビデオ漏洩・・・摩擦を助長する懸念はあるが、同盟関係を損なう情報ではなく、現状を明確に表す情報なので即開示。 基本的に現状は国民に知らしむべしと思う。実情を知らないので甘いかな? 

②沖縄基地の密約・・・国家間の約束なので一方的に開示はできないが、密約自体が違法くさい。国民の意志に反する約束は、隠匿するからには正当な理由が必要。相手国の規則も大事だろうが、数十年後には開示が原則。どうせアメリカ側が開示するだろうけど。 

③イージス艦の情報・・・絶対に秘密。兵器の情報は、戦闘力に直結する明らかな機密だから、漏洩者は終身刑に近い刑に処すべし。

④戦闘の結果・・・どんな懸念があっても、隠匿は不可。 現状を知る権利は国民の基本権だと思うから。ノモンハンやミッドウェーのように情報を隠匿すると、結果的には状況を悪化させると思うから。ただし、同盟国と共に行動している場合どうすべきか解らない。

⑤政府を批判した記者が拘束されたが、容疑は捏造という情報。汚職、天下り情報・・・漏洩によって被害を被るのが国民や同盟国ではないので公表。 捏造した犯人も、隠蔽した歴代閣僚も、担当者すべてが破滅するほどの厳罰。ちょうど予算も足りないことだし、歴代閣僚や役人一族の資産を総て国庫に収め、身を正していただくと国庫も潤う・・・ああこりゃ、いい考えだな・・・冗談だが。

同盟関係締結の際の規定があれば、それに従わざるをえない。何も規定の話し合いがなかったはずはないが、今までの処罰からは内容が解らない。そのへんも不思議。密約に留めてあるのだろうか?同盟と関係がない問題は、基本的に隠匿に根拠がない。明らかに国民の知る権利を侵害するわけだから。

法案に対して、裁判所はどう判断するだろう?違憲判決を出せるか気になる。良識や、国の行く末への責任感を発揮できるか期待したいが、どうだろう。裁判所も組織である以上、組織の弊害によって判断を引きずられるかも知れない。裁判官が優秀かどうか、人格の評価がどうかは、後世にとって正しい判断をするかとは、また違った問題。

深い根拠がある意見ではないが、歴史から学んだ印象では、情報を隠匿できないことが組織の力の源泉になると信じる。兵士でも会社員でも、忠誠心を持つから戦えると思う。厳しい戦況において、やがて事実が明らかとなり名誉は回復される希望があれば戦うこともできるが、永遠に無駄死にならそうはいかない。命令や脅しだけで組織力は長続きしない。希望は必要。自分が戦士になったと考えると、そんな気がする。

脳に関する科学でも少し説明できると思う。恐怖体験によって動物は俊敏な対処が可能になるが、それだけを繰り返すと、扁桃体や辺縁系の神経伝達に異常を来たす割合が増えるらしい。不合理、恐怖が支配する組織では、打ちひしがれ実社会で使えない人間、うずくまる小動物のような無能な人間が出来上がる傾向がある。もちろん全員ではない。俊敏なままの動物も多いが、脱落者も増える。つまり組織の力が損なわれる。

また、役所の人事担当者に聞いたことがあるが、大きな官庁では相当数の人が使い物にならない状態に陥るという。出世競争が激しく、足の引っ張りあいや悪口雑言、陰湿な人間関係によって‘戦意’を失う役人は多いという。派閥から外れたら、不条理な処遇を受け、組織への忠誠心を維持するのは難しい。組織の構成員には、処遇の適正さからくる組織への信頼、将来への安心などが必要なんだろう。

考えてみれば、どこの国の兵士も、どこの会社の社員も、激しい出世競争、恐怖の縛りによって維持訓練されていると思う。そんな厳しい軍や強いはずの会社でも、決定的失敗や壊滅的敗北は珍しくない。恐怖や競争だけで生き残るのは無理と思う。正しい判断をできる状況、構成員が組織を信頼できることも必要。

今の状態、さらに今回の法案の下で、人は勇敢に戦えるだろうか?真実を知らしめないまま命令だけで忠誠を維持できると考えるのは無理。相当数の人は盲目的に信じるかも知れないが、そうでない人も多いはず。個々が正当に評価され、なんらかの希望を持ち、味方に利する行為が保護されないと戦意を維持できない。

さて、この作品では戦闘の大きな要因として、将軍の降格の脅しが無茶な作戦を進めた理由と描かれていた。脅した司令官はとぼけた表情だったが、失敗の一翼を担った殺人者と言える。了解した将軍も同様。事を収めるために、司令官が主人公に昇進を打診した点も、病状を表している。彼らの精神、頭の内容を示している。

ここで強調したいことがある。出世欲だけの人は、間違いを気に止めないという圧倒的な現実である。この作品を観た人なら解るだろう、あの将軍達に「戦闘を中止しろ、死者が増えるばかりだ。」と指摘しても、了解納得することは絶対ない。「自分は部下を大事にする。」と口では言いつつ、真逆の行為を決然と行うのである。説得は現実的に無効。

そんな人物は身の周りに大勢いる。きっと誰でも「こいつに正論を言っても通じないな」という印象を持ったことがあるはず。結果的に組織全体が引っ張られて破滅するのも、それ故。意地や野心で仕事をこなす人には、頑張ってもらう必要はある。良い仕事をするからだ。でも暴走する傾向があり、制止に耳を傾けない。野心があるから、自然と司令部に集まりやすい。現場でどう抗議しても、彼らを止めることはできないし、彼らは身を引いたりはしない。命令や脅迫以外に、彼らを動かすものはないのだから。

続いて強調すべきことは、圧倒的多数の人が彼らの特徴を熟知し、彼らの暴走を止めようと真剣に考えない限り、根負けして押し切られるという、これまた圧倒的な現実。強い権利の意識が多数の人にないと、これは難しい。安易に考え、「ふーん、あんたがそれほど言うなら、その通りかねえ?」などと同調してしまったら、後戻りはできない。この作品の中で、命令が下った段階になって後悔しても無駄なことから想像できるだろう。

さらに、強調すべきこと三つ目。安易な同調は、世にあふれている。兵士や将軍達も自分の保身に汲々としているから、被害に遭いそうな部隊を助けようなど、まさか考えない。野心家が強調することに騙されたり納得したりしてしまうのだ。誰でも保身、収入、立場は大事で自分がかわいい。ババを引くのは御免だ。・・・福島がどうなろうと、お茶をにごしたい・・・彼らは運が悪かったのよ・・・で、現地に破滅的結果が来るという現実。強調するまでもない。

自分が被災者にならないように、貧乏くじを引かないように汲々と過ごし、唯々諾々と権威者に従う。権利を自分達で奪ってきた歴史がないせいだろうか、それが我々の意識の中では賢い生き方ととらえられている。多くの人がそうなら、多数決で暴走をストップするのは難しい。

暴走による害は、規定によって避けないといけない。どこの国でもどの戦闘でも、どこの会社でも皆が充分に害を味わったはずだ。法で規定すべき。暴走を制御しないと、破滅が待っていることを忘れてはいけない。皆の認識が一定レベルに達していない時の多数決は、だから非常に危険。民主主義のルールは基本的に多数決だが、民主主義など屁とも思わない‘暴走者’に押し切られると、ルールを悪用されて合法的に暴走するのが歴史と思う。

暴走する司令部が隠匿の決定権を持ったら、暴走の証拠さえつかめない。そうなると組織のクリーンさが失われ、部下は疑心暗鬼に陥らざるをえなくなり、組織力は低下し、戦力を維持できない。それを避けるためにも情報開示は必要。つまり例の法案は、皆が思っている以上に凶悪な性格を持つ。暴走して下さいとセッティングするに等しい。

また、昇進をエサにできないシステム、つまり上官が人事を支配できない仕組みも望ましい。ただし完全に人事権を奪うと、部下が誰も命令を聞かなくなるから、ある程度の縛りは必要と思う。おそらく中立的立場の人間の了承を要するなどの規定が確保されれば良い。権利意識が充分にないと、その確保も難しいことだろうが。

それらが組織的失敗を防ぐ手段になると思う。この作品の兵士達は可哀相だったが、ラストの主人公のように激しく訴えても、何も変らない。相手は話の内容より、自分の保身のほうが大事な人物なんである。自分を攻撃されたかのように勘違いする。野心のほうが大事だから、主人公の訴えの意味すら解らないだろう。システムで間違わないよう、私が述べるような視点でひたすら規則を作るしかない。

それが戦いであり、本当の戦争より勝敗に直結することが多いと思う。一時的戦闘だけなら恐怖で兵士を従わせることもできるが、長期間の戦争になると組織力の差がものをいう。上層部の暴走、情報の隠匿、人事の恣意的操作は破滅の要因。戦闘に限定した考え方は良くない。情報開示は、長期戦における力の源泉と考えなければならない。戦うために、情報を開示する必要がある。

 

 

« グランド・イリュージョン(2013) | トップページ | つやのよる ある愛に関わった、女たちの物語(2012) »