映画評

  • 当劇場は劇場主のための映画館です。訪問者を期待しておりません。内容の客観性、正確性は保障できません。でも、真摯な批評を目指します。

劇場主


Conflict of Interest

  • 特にありません。

おことわり

  • 当劇場は誹謗中傷を目的としておりません。もし権利を侵害されたと感じられた方は、申し訳ありませんが管理会社や公的機関に御相談ください。

« 21オーバー 最初の二日酔い(2012) | トップページ | ライジング・ドラゴン(2012) »

2013年11月15日

グランド・ホテル(1932)

Mgm

- スタイルについて -

ホテルに泥棒、死を目前にした男、うつ病?のバレリーナ、破滅目前の社長、タイピストらが入れ替わり立ち代り出入りし、それぞれに関わってドラマが展開する・・・

・・・古典中の古典。確固たるスタイルの原点となった作品。全体を鑑賞するのは始めて。画像や音質は充分に鑑賞に耐えられるレベルだった。 

ウォーレス・ビアリーという会社社長を演じた俳優は一種の悪役だったが、非常に解りやすい演技でおかしかった。たぶん、無理に大きな表情をしてくれたから理解しやすかっただけで、上手い演技とは言えないのかもしれない。でも、存在感があって好感を持った。たぶんサイレント時代から演じていたはずなんで、オーバーなのは仕方ないかも。

映画の中心はジョン・バリモア。伯爵と称する泥棒で、紳士的な態度から皆から好かれているが、やがて悲劇に遭うという役者的に‘おいしい’役柄。演技が非常に素晴らしいのかどうかは正直言って解らない。やはり古い演技スタイルではないか?

同様に、グレタ・ガルポの演技もオーバーすぎる印象を受けた。精神不安定な役柄だから当たり前かも知れないが、今の役者達からすれば、やっぱり舞台風、いかにも芝居という印象を受ける。動作がバレリーナほどは美しくない感じ。クール・ビューティーだから、気性の激しそうな役柄とは合致していなかった気もする。

ジョーン・クロフォードのほうは印象に残った。脇役に近いはずだが、ガルポよりも存在感を感じた。親近感を感じやすい役柄だったせいかも知れない。そういえば、昔の映画で見る日本の女優達も彼女のような表情をしていた気がする。真似ていたのかも。

仕草や表情にまで流行の波があるようだ。女性達の流行は激しく変る。今の日本の女子はAKBみたいな言動の流派が主流のようだ。どこかのアイドルをイメージしたと思える各種のパターンが乱立している。松田聖子の表情や髪型の流行もひどかった。あまり個性的すぎると、変わり者と思われるから自然と真似るのだろう。

我が子は、男の子なのにタレントのローラの真似をしたがる。両頬をに手をあててカワイコぶる。末が思いやられるが、しばらくしたら別な真似を始めると期待している。ローラは父親が手配されたので、勢いもかってほどはないから。

作品中で、出演者のほとんどは激しくタバコを吸い続けている。今では考えられないスタイルで、呆れる。「吸っていいですか?」などというセリフは全くない。あれが当然でかっこいいと思っていたのだろう。そんな映像を見て育った人たちは、当然ながらスターを真似てしまうだろう。

この作品は、いわゆるグランドホテル形式で話が進んでいた。この形式は、意図して生まれたものだろうか。

数々の同じ形式のドラマを見てきた私達は、飽きてしまった感もある。この作品を観て、当然ながら新鮮な感覚は受けなかったし、斬新な演出とは感じなかった。普通にドラマが進行し、当然そうなるべく人々が入れ替わっているようにしか見えない。

そもそも登場人物が次々と出てきて、それぞれの役割を別個に演じては直ぐに別な人物が現れるのは、舞台では珍しくないはず。吉本新喜劇では常にそんな具合に話が進んでいく。装置が限られているから、そうせざるをえない。その脚本を、そのまま映像化したら、自然とああなっただけかも知れない。

考えてみれば、小説の多くも編が替わるたびに、それぞれの人物の解説があり、人物が入れ替わって物語が進む。トルストイやドストエフスキーの小説を忠実に映像化したら、たぶんグランドホテル形式に自然になってしまうのでは?

ホテルが舞台だったから、形式が決まってしまったのかも。人が入れ替わる場所に合うスタイルで違和感がなかった点や、脚本自体の出来がよくて話としても面白く、しらける間もないまま観客が満足できたので、こんなスタイルなら退屈しないと皆が思い、真似られて確立するという流れになったのではないか?

映画の冒頭で登場人物達が電話で大きな声を出す。あれによって次々と状況を大声で説明する仕組みになっていた。あせった話しぶりで、いかにも困っているんだなと同情を感じやすいし、上手い演出だと思った。原作でもそうなっていたのだろうか?監督のアイディアかも知れない。解りやすく、退屈させない工夫が感じられた。

国内にも‘グランドホテル’というホテルチェーンがあるそうだ。熊本市内にはないように思うが、どんなホテルだろう?映画の舞台となったホテルは、吹き抜けや巨大なダンスフロアを兼ねたバーがあったようだが、最近のホテルはもっと豪華。建築技術が進歩して、斬新な構造ができる。もし新しく映画を作るなら、舞台の華やかさはさらに凄いものになるだろう。

その時はたしてグランドホテルスタイルで話が進行するか?たぶん、かなりは必然的にそうなるのでは?

 

 

 

« 21オーバー 最初の二日酔い(2012) | トップページ | ライジング・ドラゴン(2012) »

無料ブログはココログ