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2013年11月30日

1900年(1976)

Uaparamount

- クビにすべき -  

20世紀前半を舞台に、イタリアの田舎の農園を舞台にしたドラマ。同じ日に生まれた農園主と小作人の運命を中心に描く・・・

・・・5時間を越える長い作品で、重量級の見ごたえ。重量級すぎて、とても一日では観られない。よほど暇な人でない限り、必然的に分割して観ないといけなくなるだろうが、その間に興味をつないでおけるだろうか?この作品の劇場公開は、いったいどんな風に行われたのだろうか?オールナイトか?

まず思ったのは、こんな超大作を作る監督は、プロデューサーの立場ならクビにしたい。まあクビはしないとしても撮影だけはやらせて、後の編集からはシャットアウトし、シーンを徹底的に短くして、解りやすくしないといけない。監督が文句を言ってきたら、ライフルで決着をつけるか全体を倍速モードにして放映するしかない。長すぎてダメだ。

DVDで鑑賞。2日に分けた。忙しい時期に、よくも観れたもんだと自分でも呆れた。目に負担をかけるし、翌日の仕事にも影響がないように、2~4回くらいに分割して鑑賞するべきだろう。

この作品を鑑賞できるのは、基本的に暇な人に限られるので、人生を諦めた人か、引退して時代劇や昼メロにも飽きた人が良い。子供に見せる内容ではないし、恋人とこんな作品を観るくらいなら、まず抱き合ったほうが良い。

美しい風景や素朴な音楽など、牧歌的な部分が素晴らしいが、明らかに無駄なシーンも多かった。冒頭で若者が殺されるシーンは、おそらく不要。舞台劇仕立てにする意図だったのだろうけど、リアルさを損なう。孫の誕生シーンからで良いと思う。誕生を祝う老人が、なじみの小作人と交わすやり取りも、意味はあったとは思うが割愛しても差し支えないかも。

かなりの部分が歌劇調で、音楽と踊りが突然のように始まり、美しい農村風景が写ったかと思えば、陰惨なリンチのシーン、夫婦喧嘩、ダンスなど色々。舞台劇を広大な農地ロケで実写化した、あくまでオペラといった印象。人物の名前やエピソードの相当部分が古典的な劇と関係している。長い分だけ、色々な要素が混在した一台芸術になっていた。イタリア版ミュージカルを目指したのか?

地主を捕らえて、これから裁判の判決という時に、アコーディオンを抱えた楽士が曲を奏で、皆が踊りだしてしまうシーンがある。リアリズムの「無防備都市」なんぞとは全く違う路線。全くのオペラではなく、時にはリアルなドラマで夫婦の諍いを描くなど、実写ドラマはあくまで声楽抜きで描き、やはりオペラよりもミュージカルに近い方向か?

イタリアの農村の状況は、全く知らなかった。農園で働いている人達は単に小作というより、農奴に近いようだ。農園内の小屋に住んでいるようだし、集団生活で、独自の家や自分の耕作地を持ってはいないように見えた。完全な住み込み従業員だろう。

イワシ?にパンかチーズをこすり付けて食べる家族がいたが、何かで見たことがある風習。彼らは農園の外に独立していて、日当を得るために農園に通う小作人のイメージらしい。おそらく双方とも契約に基づき仕事を得ていたのだろうが、日本の農村の地主と小作との関係とは微妙に違っていたように見えた。

イタリヤはどのように農地解放をしたのだろうか?戦後の日本と違い、アメリカに管理されたわけではないと思う。たぶん、徹底的な解放はされなかったのでは?未だに貴族階級の人はいるらしいので、そう思うのだが?

日本の農地解放を描いた作品はあるのだろうか?近々のことだし、共産党系の考え方をするかどうかで話が大きく変ってくるだろうから、なかなか映画にしにくいテーマだと思うが、実にドラマティックな変化だったと思う。映画にしないほうがおかしいけど・・・

ファシストの台頭には、地主達の支援があったというのがテーマのひとつにもなっていたようだった。繰り返しセリフで述べられていた。実際には工業も商業も、会社組織の上層部が共産主義を怖れるあまり支援といった流れがあったのかもしれない。

日本の場合、軍部の台頭を支持したのは何だろうか?知るかぎりでは、外圧への反発や既得権を失う怖れが中心で、共産主義への怖れはメインの要因ではなかったのでは?農業より、鉱工業からの要請による軍国主義が支持を集めたのでは?つまり、農村にとってはメリットが薄いのに、兵士の提供という負担を強いられただけの印象。

政策として、強制的に自由農民を作るとしたら、日本の場合は終戦後しかなかったと思う。支配され、自由がない農村を放置していたら、地主の利権のために政治が翻弄されると米軍が考えたとしたら、当時としては間違ってはいなかったと思う。

ただし、開放の仕方は難しい。山林とセットで開放しないと、明らかに不平等。熊本県の小国地方のような山間部では、地主がそのまま生き残る現象も起こり、地主はそのまま議員になり、戦後の復興の時期には広大な土地が担保となって投資もできるから、ますます支配力を強める結果になる。

おそらく土地が担保となることを優先して考え、担保価値で分配すべきだったのでは?簡単ではないだろうが、山林の分配は必須だった。農地を担保に借金などさせたら、せっかくの解放が無駄になる。アメリカと風土が違うので、イメージできなかったのだろうか?

今日でも議員達は、当時の地主の御子息が多い印象。何か会社を興すことに成功し、土建業、病院、貸し倉庫、貸しビル、大きな勝負に成功した人物の子孫がはびこれば、農地解放の意義は米軍が意図したより小さかったこととなる。

ただ狭い田んぼだけもらった旧小作人は、肥料の手配や薪の入手、機械購入の担保設定など、プラスアルファの企業努力の手段にも困る。小規模な農園は、やがて必然的に淘汰される運命に陥りやすいと、当初から予想されそうなものだ。ある意味では米国の農産物を売り込むことも戦争の目的だったので、やがて日本の農業が衰退することも知っていたのか?

たぶん、アメリカ兵としては後のことなど知ったことじゃない、経済学はよく解んないから自分達で調整しろ、俺は解放を命じられた、開放は英雄的な行為だ、邪魔する保守派は逮捕するぞ!といった感覚だったのではないか?あまりに本格的な開放をやると、共産主義になってしまうと懸念したのかも。

TPPへの参入、減反政策の中止など、農業をとりまく情勢はますます変化していく。減反補助金を止めて、大規模化を図る方針なら、山間部での米作りはもはや存続の可能性はなくなったと考えるべきかも。つまり、大まかに言えば山間部での農業は原則排除し、平野部に企業として生き残る道を探さないといけないということ。

山間部には、基本的に投資を控えるべきという方向になる。ますます山村は衰退するだろう。メガソーラーくらいしか導入できるものはないようにしたいのか?山々にソーラーパネルが張られた光景が、新しい日本の風土になるのかも。

この作品は、共産主義を好意的に描いていた。監督らが共産主義者かどうかは知らないが、当時の知識人の感覚は、まだあのようなものだったのだろうか?76年当時だと、私の感覚では既に共産主義は絶望的だったような気もするが、世代の違いか?

地主と小作の間でちゃんとした契約があるとしても、長期間にわたって人を抑圧的に支配できる契約は間違っている。そこは法的に適性化されるべきだった。そうすれば、ファシズムが台頭することもなかったかも。日本の政策も、その点を鑑みたほうが良いのだろうが、政治家は少なくとも反対の考え方をしているだろう。彼らの多くは地主で、国のことより自分の権益のほうが大事なように見える。

 

 

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