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2013年9月16日

フライト(2012)

Paramount

- 高級ドラマ -

航空機が突然制御不能になった。でも機長の機転で、機体を逆さにする離れ業によって不時着に成功。しかし、死者が出る。機長の責任が問われる・・・

・・・DVDで鑑賞。テレビでも宣伝されていたので劇場で観たかったのだが、子供映画が優先されて鑑賞できず。迫力の必要性の面から考えると、劇場ではなくDVDでも良かったかもしれない。これは全体としてはスペクタクルが売りの映画ではないから。

この作品の原作は、実際の事故を題材にしているそうだ。実際の事故では宙返りして生還したわけではなく、また機長の素行に問題はなかったようだが、尾翼の故障が原因となったアラスカ航空の墜落事故がアイディアの元になっているらしい。ドラマ部分は創作らしい。

第一級のドラマだと思う。主人公が真実を述べるかどうか、隠し通せるかどうか、彼の判断の意味などに格調高いものを感じた。それに旅客機を逆さまにするシーンのスペクタクル映像も素晴らしい。高級な感じがした。

この作品は子供達も観たがっていた。飛行機が逆さになる映像が気になっていたからだろうが、実際にはちょっとで終わってしまって、後はヤク中に関する長いドラマが続いていたので、子供向きの映画ではないと思う。また、恋人と観るために選ぶべき映画でもないのでは。恋愛の要素がほとんどなかった。

最初にスペクタクルがある映画は難しい。後半が静かなドラマだと、何だか盛り下がるような印象につながる。子供だと寝てしまう。結果的に退屈な映画だと思われかねない。だから、この作品は編集をいじったほうが良かったかも。まず英雄として退院し、ラスト近くで主人公のハイな状態を写しつつ、スペクタクルを見せる手法もありえた。

真摯なテーマを描いた作品ということになる。だから、もっとサスペンスや戦い、騙し騙され追求を必死に逃れるような演出があっても良かったような気がする。真の名作になり損ねたような微妙な印象も受けた。でも、たいていの大人なら充分に楽しめそうな作品だった。

監督や主演のデンゼル・ワシントンの力量、共演していた弁護士役のドン・チードルらの力と協調のなせる業だったと思う。演技力を売りにしたワシントンとチードルの共演は、もしかすると成立しない危険性もあった。おそらく弁護士役には白人のエリート風俳優か、太っていて外見がデンゼル・ワシントンと全く違う俳優を希望していたのではないかと思うのだが、あの組み合わせが成立していて驚いた。

冒頭で出てくるスタイルの良いフライト・アテンダント。彼女に対する主人公の気持ちが重要な要素だったと思う。話の筋から行くと彼女もヤク中らしいので、乗客を危険にさらしながら自分や機長の搭乗を認めていたことになり、あまり尊敬すべき対象とは言い難い。しかも、機長との関係は肉体だけに限定されるようなセリフ内容だった。はたして彼女に敬意を払うべきか?

物語の流れを考えるなら、彼女はヤク中から抜け出そうとしていた、あるいは最近抜け出していて、主人公に治療を勧めていたほうが自然な流れになる。それに応じない機長との関係がこじれていた、または結婚が現実的になりながら彼女に隠れてヤクをやっていたなど、何か味付けが必要だった気がする。

死者に対しては敬意を当然ながら払わないといけない。でも、映画のままだと彼女は機長の状態を知っており、犯罪の片棒を担いだ女性でもある。事情を全く知らない女性に対する気持ちなら、選ぶべき選択は決まってくるが、ヤク中同士の話で彼女も共犯となると微妙な選択。

まず思うのが、自分がヤク中の場合に、航空機を操縦しようと考えるのだろうか?自分自身も怖くないのか?戦争中のパイロットからヤクが検出されるのは、おそらく珍しいことではないと思うのだが、民間の旅客機の場合は一般人の命がかかっているから、平常に戻った時に何か考えるような気がする。

危機管理の進んだアメリカのことだから、ダブルチェックでアルコール検知などもやっているのではないか?実際には、この映画のようなことは非常に難しいのではないかと思う。

薬物がひろく流通しているらしいアメリカだから、タクシー運転手など汚染は拡がっているだろうと思うが、パイロットの場合は事情が違うはずで、もう少し隠す演技をするのでは?公聴会の前日まで我慢できた人間が、急に自暴自棄になるのも妙だ。隠すべき事情がある場合、その日だけは無理して一見すると正常に見えるのが本当の異常者のような気がする。

事故の直後は自分の犯した罪に苛まれ、死者のことを思って泣くのが自然では?また、自分を守るため、飲酒を隠すことに病的なほど神経質になるのも予想される。

そのため微妙にだが、主人公の実在しそうな印象が足りなかったのでは?主人公が公聴会の前日に飲んだくれる必要は、その病的な状態の表現には役立ったが、リアルさの点ではよろしくなかったのかも。既に禁酒しており、過去を反省する人物が過去の自分の行為をどうするか、その点に絞っても良かったと思う。この種のテーマの場合は、とにかく迫真の演技が基本だと思う。

尾翼が固定されて操作不能になった場合、背面飛行すれば安定するだろうか?横向きになった段階でも高度を失うし、方向が大きくそれる気がする。それに、不時着前の段階で再び急下降するはずではないか?エンジンが止まってもグライダーのように飛べるはずはない。その面の設定は問題なかったろうか?電気系統など、何か別のトラブルのほうが自然だった。航空機会社からのクレームがあったのだろうか?

ヤクの売人は、かなりが警察にマークされていると思う。ヒーローが入院した病院や、公聴会の会場近くには警官も多いはず。堂々と登場するだろうか?変装も警戒も、何も見せなくて不自然な印象を受けた。独特の目線、周囲の警官を探る仕草などはあるべきでは?

 

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