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2013年9月13日

何がジェーンに起こったか?(1962)

Warner

- 役者魂に脱帽 -

子役アイドルだった妹、有名女優だった姉。二人は屋敷にこもって生活していたが、互いに激しい憎悪をつのらせていく・・・

・・・・DVDで鑑賞。古典となった有名な作品だが、ビデオ屋に並ぶことがなかったので始めて鑑賞。画質は良くなく、リマスタリングはたぶんされていなかった様子。でも、最後のほうで浜辺で撮影されたシーンは鮮明だったので、たぶんもともとの照明が暗かったのでは?不気味で暗い屋敷の様子を表現すべく、暗めに撮影していた関係か。

サスペンスタッチの作品で、ヒチコック映画の雰囲気に近い。たぶん意識していたのではないだろうか?原作があるそうだが、大女優が共演した映画のほうが断然有名と思う。特にベティ・デイヴィスの怪演は、彼女でないとできない怖いものだった。

隣家の母子が、場違いなシーンで「あの女、殺してやりたい。」などといった会話を交わすのは、後の伏線となるように怖い雰囲気を出したかったからだろう。ピアノを弾くために屋敷を訪れる男は肥満体で可愛らしい顔つき。ユーモアが自然に感じられるが、あんな滑稽な人物がヒチコック映画では必ずのようにいる。そんな点も、よく似ていた。

非常に迫力があって完成度が高い映画だと思うが、この作品は子供には絶対に良くない影響を与えそう。恋人と喜んでこんな作品を観る姿も想像できない。映画好き、サスペンスやホラーものが好きな人のための作品と思う。

ヒチコック映画もそうだが、こんな気味の悪い作品が商品としてちゃんと成り立つ欧米の映画・演劇界の趣向は、どうも理解できない。日本の殺人ものや怪談の類も一定のジャンルとなってはいたようだが、欧米の殺し方と日本の殺し方にはセンスに違いがあるように思う。肉を扱うセンスの違いだろうか?

日本のドラマなんかでは、姉妹で恋人を奪い合い、仕事も取り合い、とことん泥仕合を演じるストーリーが多いような気がする。肉体的な苦痛を与えるのは、恋愛が絡まないと真実味に乏しい。あちらは、恋愛ぬきでもやれるのか。

古い日本映画では、少なくとも倒れた相手を引きずって運ぶシーンはないように思う。もう少し曖昧な間接的な表現で、残忍な行為も表現してしまうのが演出法として評価された。昨今では日本でも直接の暴力シーンが珍しくないが、いまだに美的センスとしては少し程度を下げた印象になってしまう。あちらでは直接表現のほうが本流なのか?

タイトルが秀逸。これは、欧米の文学の素養がないと付けにくい言い方。〇〇物語、〇〇姉妹といった普通のタイトルでは興味を惹きにくいから、効果的だ。さて、ジェーンに何が起こったろうか?・・・と考えて、私は勘違いしてしまった。

ストーリー通りに話が進み、姉が殺されそうになり、そして私が想像したのは狂った姉のアップが写るシーン。つまり、姉は一生不遇のまま、妹の大成功を妬みつつ現実の世界から逸脱し、空想の世界に生きるようになって亡くなる、つまり映画全体が姉の空想を描いていた!と深読みしてしまったのだ。

深読みで失敗するのが私のクセ。もっと普通に考えなきゃと思う。本当のストーリーは、随分違っていた。

この作品で傑作なのは、妹が姉の口ぶりを真似て電話するシーン。声色を上手につかって、姉の真似をする姿が笑えたが、同時に迫力も凄くて気味も悪かった。二回ほど、電話の相手をかえてやっていた。見どころだと思う。

話の中心は、そのような役柄もあって妹を演じたベティ・デイヴィスだった。姉役はジョーン・クロフォードで互いにライバル意識が強かったはずで、よく共演に同意したものだと驚くが、たぶんギャラやプロ意識が我慢させたんだろうと想像。

ジョーンの演技も高いレベルで、特に弱ってから声が充分出せない状況は非常にリアルだった。無駄な演技をしていない。控えめであることが、かえってオーバーなデイヴィスを大根役者みたいに見せる効果がある。そこまで狙っていたのかも。何といっても、女優同士の対抗心は強いはずだから。

54歳と58歳の女性にしては、二人のメイクは怖すぎる。私のクリニックに来られる58歳の女性達は、厚化粧の必要はない。ましてや昨今のテレビに出てくる美魔女と比べたら親子ほどの違いがある。役のためとは言え、あえて醜いメーキャップをしていたのでは?もしそうなら、その点でも二人とも凄いプロ意識を持つ女優だったとなる。

日本の女優でも、あえて醜く怖いメーキャップ、ひどく荒んだ役柄、良いとこがないような悪女役をあえて選ぶ人がいる。おそらく役に徹することでの評価のほうが、彼女らの満足感をくすぐるのだろう。役柄を拡げるという戦略的目的もあったかも。

兄弟で特技を持っている場合、時に立場が逆転することはある。最近の芸能人だと、石田ゆり子姉妹、岩崎宏美姉妹、熊谷真美姉妹など、どちらかが先に有名になり、急に仕事が増えたり減ったり、互いの人気度が激変する様を見る。兄弟同士のライバル意識は、おそらく激しいのではないか?一般人から見れば、その変化が面白いのだが。

人気と活動の方向性はいろいろ。結婚や出産を契機に引退する人もいるだろうし、キャラクター的に若い頃に人気が出る場合と、齢をとらないと人気が出ない場合も、持っている雰囲気によって違いがあるのでは?

兄弟姉妹に限らない。立場の変遷は多い。そもそもこの作品の女優だった二人も、若い頃は結構ひどい目にあっているそうだ。ダンサーから這い上がったジョーン嬢は、おそらく大人になって始めて演技を見てもらえる立場になったと思う。表情がはっきりした意志の強そうな顔が、おそらく若い時期には生きていなかったのだろう。もっと若々しいギャル達が先に目立つから。

ベティ・デイヴィスがいかに美人で名演できようとも、グラマーで大柄の女優達と並んだら、目立ち方で遅れをとる。怖い顔をしようとも、チビで迫力に欠ける印象しか受けなかったかも。演技を期待されて始めて演技力が生きてくる。

可愛らしさで売っていた子役から、青春スターに脱皮し、大人のタレントとしても一流という人もいるにはいるが、運と才能、ガッツと友人が必要だ。エリザベス・テーラーは、その稀なほうと言えるだろうが、それでも波乱万丈の人生だった。

芸で身を立てる人生は、そもそも成功が稀で、しかも持続が難しい厳しい世界ということなんだろう。タレントの自宅拝見番組を見ると、大スターでなくても豪邸に済んでる人が多いが、凋落すれば激しい変化もあるだろう。一般の会社勤めより幸せかという点に関しても、あんまりそう思えないようなことを見聞きする。夢はある世界だけど。

 

 

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