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2013年8月12日

海賊と呼ばれた男(2012)

- 半分フィクションのスタイル ー

出光興産の創業者をモデルに、石油産業に乗り出した人物が経験する様々な困難と、成功への道のりを描いた小説。映画化されるかも知れない。

この本は書店に積み上げられていて知ってはいたが、2013年本屋大賞を受賞されたので購入。思ったほど出来が良くない場合を考えて、とりあえず前編のみ購入し、気に入ったら後編もと計画。したがって、まだ前半しか読んでいないで評価。

作者はテレビにも出ていたが、百田尚樹という方で、テレビ番組の脚本などを書いていた人らしい。「永遠のゼロ」で作家デビューし、非常に売れっ子の作家になっているそうだが、読むまで知らなかった。

この作品は非常に面白い。伝記と言うより冒険小説。元々のモデルが波乱万丈の方らしいので、題材が良かった面もあると思うが、描き方、文章表現も面白さを際立たせるように工夫されていたに違いない。下手に長々描写しない簡潔なスタイルが功を奏している。

タイトルが素晴らしい。普通に~氏の伝記としたら、ほとんどの人は興味を持ってくれず、出光関係者だけの読み物になってしまう。より一般化するため架空の人物であるかのようにした半分フィクションの設定は、作品のヒットには絶対に必要なことだった。よく考えたものだ。

興味を持って、「永遠のゼロ」の文庫本を購入してみた。こちらも読みやすく、非常に面白い。タイトルも素晴らしいセンス。構成がまさにドラマ調。そのままテレビドラマにできそうな感じがする。元々がそのような意識を持って書かれた本かもしれない。純文学とは違う。

その関係でか、文章は簡単すぎる印象。まるで高校生の創作小説のような言い回しで、本格小説家達のような風格は感じられない。‘奥さんを見た。美しいと思った。’のような、あまりにも単純明快、省略に継ぐ省略、戦記もののような表現。

そう言えば、両作品とも大戦前後の時代が舞台となっている。資料を集める段階で、戦時の記録文章、いわば戦記を多量に読んだのかもしれない。そうすると、自然と省略が増えて趣きの部分はカットされるのかも。スピード感も大事。

あえて文章の表現力を上げる必要もないと思う。本当の文学作品は、確かに文章の美しさは感じるが、よほど造詣が深くないと楽しみが長続きしない。私の場合も、展開がアイディアに満ちていて、しかも速くないと興味を失ってしまう。表現力重視の本格的作品より、百田氏のようなアイディア勝負の作品のほうが読みやすい。

今後も同じ系統の作品を作ったらいいと思う。なまじ違った系統の作品を目指すと、読者のほうに違和感が生じる。戦記もの、戦時の英雄達の物語に集中していい。テーマを限定することで、その道の第一人者になれるから。

出光というと、自分には子供の頃から既に大きな会社で、国内の石油業界のドンのように思っていたが、意外に歴史は浅かったようだ。それでも満州に地盤を持っていて、戦後は復活も早く、私のイメージでは巨大なタンカーを持つ一流企業だった。発展の時期に、発展性のある業種を扱えたからだろう。

もし出光氏が石炭産業関連の業種に乗り出していたら、絶対に大成功はできていない。いかに氏が優秀であろうと関係なく、休業もしくは転業するしかなかったはず。

今流行のシェールガスの話で驚いたのは、大量のガスが取れた関係で値崩れし、倒産した石油掘削会社があるそうだ。優れた技術で進出すれば必ず成功するとは限らない。安定するまでに一時的に資金がなくなることはよくあること。ベンチャーが成功するには、資金供与が必要。

出光氏には不思議な運があったようだ。破産の危機の度に資金提供者がいたことが理解不能。出光氏のような他人に大金をあげる精神は、ちょっと信じられない。何かの政治勢力の意図が働いていた可能性もあると思う。

そのほかの疑問点に、凍らないオイルの選定で外国産に勝利した話もある。外国企業は数十年前からシベリヤやアラスカなどは、もっと厳しい条件で列車を運行していたはず。ノウハウに関しては、海外の会社のほうに蓄積されたものがあったはずだが、あっさり国産が勝るのだろうか?

出光の実験室には高度な装置があったのだろうか?全くの偶然で、良い製品を作ることができたのだろうか?氏が基礎的な知識を持っていたとも考えにくいし、不自然だと思う。

今でも、国内の石油業者が石油メジャーに対して正面から戦うことは考えにくい。出光氏は勇敢だったが、産油国の独立の気運に乗じて片棒を担ぐことができただけで、結局は欧米資本から独立したわけではない。

石油業界は、世界で最も強い支配者的分野。ロシアやOPECなどの反発もあって、欧米資本の独裁的な面は薄れているとしても、まだ世界中の政府を動かしているはず。特に業界の中心となるビジネスマン達は、財力とともに強力な政治力を持っているはず。

イラクなどでも、支配下に納める方針で暗躍した可能性はある。こじつけでも何でも、ビジネスのためならやってきたはずだ。表に立つのは政治家だが、企画はビジネスマン達が練っているのかも。

ビジネスマン達は投資先を分散し、石油メジャーという目立った集団から、投資集団、総合エネルギー業のように幅を拡げて、よりタフで柔軟性を持っているはず。今も資金面では多くの基幹産業の中枢であろう。たぶん、OPECの油田開発の株さえ相当保有しているか、関連事業の運用などで支配力は維持しているように、あくまで想像だが思う。

業界のビジネスマンに逆らうことは考えられない。かって日章丸事件を起こした出光が、それでも潰れないでおれるのは、何かの保護があるからでは?

 

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