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2013年8月15日

永遠のゼロ(2006)

司法浪人の主人公が、自分の祖父の特攻兵時代の実像を探る物語。ゼロとは何を意味するのか?

いくたの悲劇を生んだ大戦の物語に、また新しい傑作が加わったようだ。もはや実戦の記憶のある元兵士が書く時代はとうに過ぎている。子供世代を過ぎて、とうとう孫の世代が語る時代。それも時代に沿っているので、設定が非常に上手い。

作者の百田氏は、とにかくアイディアが素晴らしい作家。作家といっても本職の作家とは少し趣きが違い、構成作家、脚本家に近いように思う。文章の美しさや、人物表現のこだわりなどより、設定のアイディアの良さが特徴。

客受けを外さないよう、細心の注意を払っていると思う。ともすれば本職の作家は自分の文章に溺れる傾向を感じるが、百田氏は文章で勝負していない分だけソツがない。

「永遠のゼロ」で気になったのは、登場してくる元兵士の老人達の言葉使い。80歳を越える老人達が、あたかも現代の若者のような明快さで、しかも皆が標準語に近い言葉で話すのは不自然。せめて関西弁がかった訛りなどで、リアルな話し方に近づけて欲しかった。解りやすいように、あえて標準語にしたのだろうが、リアルさも大事。

各々の語り手の個性が解るようなセリフも欲しかった。皆が同じ用語を同じ口調で使うはずはない。ある人物が直ぐに思い出す軍事用語が、他の人物ではなかなか出てこない、もしくは間違って使われるなどの演出があってもいいと思う。それほどの手間は要らないし、読者が直ぐ解るように「それは・・・のことですか?」「・・・ああ、そうだった。」のような訂正を入れると、もっとリアルになる。

リアルさの欠如は、この作品に限れば気になるほどではなかったかもしれない。その証拠に、この作品は非常に売れた。100万部を軽く越えるベストセラーになったらしい。それ以上を狙う必要はなかったのかも。後は、映画やドラマでリアルさを出せば良いとも思える。

私の祖父の兄弟達が亡くなった頃には、アメリカの優れた兵器の性能が一般の兵士にも充分伝わっていたらしい。生き残った兵士によれば、大砲を撃っている兵士達は立っていても皆が傷だらけで、多くは砲弾の破片で倒されてしまったそうだ。あんな武器には敵わないと現場は感じていたようだ。

本にも解説されていたレーダー付き砲弾は、目標の手前で爆発するので、爆発の威力だけじゃない破片の威力というか、後年のクラスター爆弾のような機能で日本軍の兵士を襲っていたのだろう。戦争だから当然といえばそうだが、よくそんな兵器を作れるものだ。

日本側に、そんなアイディアはありえなかったのだろうか?アイディアがあっても、それが採用されるだけの組織的な能力が、当時の軍には足りなかったのかも。「失敗の本質」という本に書かれていたが、軍の内部が組織として機能していなかったし、科学技術を自分らで進めて行く総合能力は足りていなかったようだ。先端技術のレーダーやセンサーに関しては、レベル的に敵わなかったのかも。

今だと、いったいどこまで兵器は進んでいるのだろうか?劣化ウラン弾とレーザー照射を組み合わせれば、たいていの戦車は破壊できるらしいし、手持ち式ミサイルでヘリもかなりは撃墜できるらしい。昔の戦い方とは随分変わっているだろう。おそらくヘリにもイージスシステムのような機能が搭載されてるのだろう。

映画によく出てくる小型監視飛行機で敵の位置を把握するシステム。あんなのを使うと使わないとでは、攻撃の精度が違う。スナイパー用の銃も、壁を貫通して敵を倒す破壊力があるようだ。壁に隠れたつもりでやられたら、逃げようがない。

さらに怖いのは、おそらく中国やロシアで作られた製品が世界中で購入できる時代。兵士も一般人も関係なく、穴だらけにするような怖ろしい武器が多数出回っていること。軍隊が去っても、ゲリラか乱暴な一般人から攻撃される。

人道面を戦場で考えても仕方ないと思う。でもゼロ戦で美しい飛行術を披露する美的感覚に酔っているような集団では、殺しのプロ達には最初から歯が立たない。

疑問に思うのは、そもそもの軍首脳の考え方。ひょっとして彼らの戦法は失敗でなかった可能性もある。少なくとも将軍や参謀達にとっては、戦争の行く末は最初から解っているので、数年間戦っている間に停戦に至ることが目標。敵の殲滅は当初から作戦の目標でなかったのでは?つまり計画通り?

燃料がないのだから、長期間の戦闘は最初から無理と誰でも解る。せいぜい2~3年間、備蓄分と南洋で得られる分で戦えれば御の字。やがては南洋の油田の確保も難しいだろう。そう考えて行動していた可能性もある。

でも、中途半端な戦略には違いない。陸軍の幹部は激しく反論していただろう。戦況の行方を考えるなら、戦端を拡げるのは自滅への道。アメリカとの講和がどうなるかはっきりするまでは、ひたすら戦力を維持する戦法に徹するべきだったが、要するに先を読めていなかったのだろうか?

無駄な出兵、完全な無駄死も多かったようだが、他の国の戦闘記録でもひどい例は多いので日本だけのミスとは言えない。でも日本独特の組織的欠陥はあるはずで、参謀達の中にも意見が集約されない混乱はあったのだろう。ある将軍は、とにかく艦船や兵士を無駄にしたくない、逃げる敵を深追いすることは避ける。ある将軍は、いったん死守といったら犠牲は無視して死守といった一貫性の欠如が、そこらじゅうにあったのか?

話を物語に戻す。主人公の祖父は、無駄な作戦に異を唱えた勇気ある兵士だったように描かれていた。しかし実際は、このような兵士は終戦近くまで生きてはおられなかったろう。上官に反論する行為は無条件で厳罰の対象だったはずだから、いかに優秀なパイロットであっても罰を受けたに違いない。

自由に意見を言い交わしていたら、方針がまとまりにくいのは確かで、命令が下れば無条件で実行する必要はある。上官の命令に兵士は従うべし・・・は戦地においては重要な規則だろうが、それが独り歩きして間違った命令に従っていると、部隊ごと全滅してしまう。そこを避けるために、軍法に照らして当然の場合は、命令に従わない権利も保障されないといけない。でも、終戦までは無茶苦茶が通用したはず。今の自衛隊はどうだろう?法的レベルは期待できない気もするが。

イジメで自分の怖さを際立たせ、統率を図ろうとする人物は多い。大事なパイロットであっても働けなくするなど、敵に利する行為も堂々とやらかすのが常。おそらく上官が真っ先に殺しにくるケースもあったはずだし、危険な場所ばかり出撃を命じる、護衛をつけない、整備不良の飛行機を使わせるなどの陰湿なイジメは蔓延していたろう。

敵に勝つより仲間に勝つことが大事。出世が第一。作戦の成功より憂さ晴らしを優先する、そんな人物は今でも多い。この小説は話が出来すぎていた。祖父は、あっさり味方に殺されて終わりだったはず。この作品は可能性の低いフィクションできれいごとに過ぎない。でも、面白くて心うつ話だった。

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