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2013年7月22日

奇跡のリンゴ(2013)

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- 付加価値 -

無農薬でリンゴを栽培しようと奮闘した農家の物語。実話が元になっているそうだ。劇場で鑑賞。

夫婦の出会い、無農薬にこだわらざるをえなかった経緯の解説、そして実際の試みの間の苦難、周囲の変化など、解りやすく描かれていて美しい物語だった。

変わり者ともいえる主人公。喜劇が得意で酷い目に遭ってもおかしく感じられ、非常識な役柄をもこなす阿部サダヲは、なかなかの存在感。少々考えが足りない無茶な行動も、思考過程の表現が的確だったので、理解しやすかった。

阿部サダヲが主人公で良かったのか、少し疑問には感じた。もし、これが二枚目か、もしくは真面目そうな印象の役者が演じていたら、違った味の映画になったろうとまず感じた。例えば、今人気の堺雅人だったら、精神に異常を来たしていく姿は辛いものになっていたかもしれないが、悲しさは増したと思う。それはそれで、美しい話になったのかもしれない。

阿部の場合は、もともとのイメージが酷い目に遭うことが仕事のような役者。奇想天外なギャグを飛ばしそう。辛い状況になっても、どことなくおかしくて救われる面はある。リアルな路線では観ていて辛くなるが、それもありえたように感じた。

菅野美穂は笑顔が素晴らしいヒロインだった。離婚を切り出されて憤慨する様に、彼女ならではの雰囲気も出ていた。もっと怖い顔をしたり、激しく泣き出す女優が多いと思うし、そのほうが盛り上がるのかもしれないが、とことんの辛さを感じさせない彼女の味があると思った。ただし菅野嬢ではなく、より不幸のイメージが強い宮沢りえなどがヒロインを演じていたら、もっと深刻さが出ていたかもしれないとは思えた。

農家の衣装が気になった。山崎努の服は多少のシミが写っていたが、他の衣装は新しいものがほとんどで、実際にはありえない美しさだった。普通はシミだらけ、あちこち破れているはず。貧乏で・・・といいつつ、新品の服ばかり着ていた。実際に農家を手伝ったことがあるスタッフは一人もいなかったのだろうか?

演出のわざとらしさは感じた。リンゴの木に花が咲くシーン。毎日畑に行かないはずはないので、畑を見るのが怖いといった状況はありえない。前日に少しは咲いている様子を見ていないはずがないのだから。

無理なく演出したければ、義父が倒れて病院に行き、数日畑を見れなかったなど、演出には違いないが大嘘ではない設定は可能だったと思う。話の流れと、ビジュアルな感動を無理なく演出する他の表現方法があったはずと思った。

より物語を深めたいなら、成功しないまま物語が終わっても良かったかもしれない。それが無理としても、成功の表現にはわざとらしさを排除し、子供を使うべきだ。リンゴの花を見て、ただ泣き出すだけでよい。主人公は、枯れてしまった木にただ謝るだけでよい。

モデルとなった木村氏の農法が成功した点は良かったとしても、周囲の農家に与えた影響は気になった。農薬が少ない畑が隣にあれば、当然ながら害虫が増えると思う。隣の畑には、おそらく被害がなかったはずはない。映画ではすんなり納得していたが、実際には激しいトラブルがあったはず。

他の農家にも権利はある。農薬を使わない選択によって、他の農園に影響が出たら当然ながら補償しないといけない。だから、隣接地がない畑を使って試験するなら許されても、隣接地があれば訴訟の対象となる話と思える。

虫が木村氏の畑に寄っていく・・・映画ではそう言っていたが、風でも吹けば直ぐ他の畑にも行くだろう。農薬の量を増やさないと対処できないような事象が起こったら、やはり補償しないといけない。

木村氏が総ての畑を無農薬にしようと考えたのは、映画ではいきなりだったが、実際には農薬の散布回数を徐々に減らし、ほとんど数回程度にまで減らせていたからのようだ。だから、本当に裏づけなしに急に冒険したわけではないだろう。でも、通常は4分の1の規模で試験し、成功してから拡張するべきだろう。映画の通りだったら、やはり無謀と思う。

ロケで使われていた家は相当に大きな農家だった。あれが木村氏の家とは限らないが、あんな屋敷を作れるからには、おそらく昔からの地主、庄屋の子孫、山林などの資産が充分にある家ではないかと思う。経済的な困窮が、実際にどの程度だったのかは気になった。

土壌の改良の重要性は、私が子供の頃には既に常識だったはず。松田喜一氏を始め、先達の多くが有機農業の重要性を説いていた。農家ならだれでも知っていることだと思う。もしかすると、最初からたい肥などでの試みはやっていたのかも知れない。

酢での消毒は、土壌が酸性化しないか気になる。ひところは電離して作った強酸性水などを農薬代わりに使う試みが流行ったが、今はどうだろうか?酢よりは安全と思うが。

実際には土が改善して木が元気になっても、害虫の駆除には役立たないはず。虫がついたリンゴは、おそらく選別して捨てているか、もしくは郵便局などでよく販売されている‘傷物商品、訳あり商品’の対象になっているのでは?したがって、無農薬農法だけで完全に生産、経営が成立しているとは限らない。付加価値を高め、高く売れることで成立しているのでは?

成功して良かった。たぶん、無農薬は多くの先人たちが挑戦してきたテーマではないかと思う。付加価値を高めないと、地域の中でも、地域外でも生き延びることは難しい。同じような商品があれば、安い物に注文が行くし、海外からの輸入が増えたら経営を維持するのは難しい。その先行きを考えると、冒険せざるをえないと考えるのは、一理ある。

しかし、今後はTPPが成立して状況が変わることもありえる。無農薬の表示は中止させろといった圧力が発生しないとも限らない。それさえなければ、国産野菜の表示は大きな付加価値で生き残りのための武器。通常は海外の野菜を私は買いたくない。他の人も多くはそうだろうから。

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